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2009年08月16日

《自爆テロ》 旧日本軍が世界に残した負の遺産

写真
ハマス党員は「カ・ミ・カ・ゼ」と答えシニカルな笑みを浮かべた(ガザで、写真=筆者撮影)


 靖国神社の遊就館に展示されているゼロ戦を見ると、驚きを通リ越して呆気に取られる。「こんなオモチャに毛の生えたような飛行機で米国の巨大戦艦に体当たり攻撃をかけていたのか」と。

 パレスチナやアフガニスタンなどでは、身一つに爆弾を携え強大な敵を殺傷する攻撃方法が常套戦術となっている。言わずと知れた自爆テロである。

 2001年、「9・11テロ」が起き世界を震撼させた。マンハッタンの超高層ビルにジャンボ機で突っ込む攻撃は「神風(特攻隊)」からヒントを得たものだ、と報道したマスコミもあった。筆者は当初、半身半疑だった。

 南アジアに自爆テロ攻撃で政府側を畏怖させる武装勢力があった。この4月に壊滅されるまで30年近くに渡って内戦を繰り広げていたLTTE(通称:タミルタイガー)である。
 
 1991年、インドまで出かけて行きラジブ・ガンジー首相を暗殺、99年にはスリランカのクマラ・トゥンガ大統領に重症を負わせている。政府軍施設や幹部将校・兵士への攻撃は数知れない。いずれも自爆テロである。

 筆者はLTTEが完全支配していたキリノッチ県の政治局本部を訪れ、スポークスマンに自爆テロの意図などを聞いた。担当者は「カ・ミ・カ・ゼ」と答えニヤリと笑った。

 ガザでもハマス党員に「自爆テロで死ぬのは恐くないか?残された家族のことは心配にならないか?」などと尋ねた。この党員も「カ・ミ・カ・ゼ」と答えるのだった。LTTEのスポークスマン同様、シニカルな笑みを浮かべていたのが印象的だった。

 2人の皮肉たっぷりの笑みは筆者に対して「生きて還ることのない体当たり攻撃を編み出したのは、オマエの国じゃないか」と語りかけているようだった。
posted by 田中龍作 at 11:06| Comment(2) | TrackBack(0) | テロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 旧帝国陸海軍の行った「自爆」攻撃は、大西瀧治郎が言った様に「統帥の外道」である。絶対に上の者が下の者に行わせる事が在ってはならないものである。しかし、神風特別攻撃隊等の行った「自爆」攻撃は、一般市民、民間人をも標的にし、巻き込む「無差別テロ」では決してない。
http://www.geocities.jp/torikai007/1945/kamikaze-statistic.html によるば、突入したのは艦艇(軍))が大半で、輸送船(民)に突入した例は少ない様である。これは、特攻隊員達が、例え軍需品、兵員を輸送しているとは言え、攻撃を行う軍と行わない民間を区別していた事を意味するのではないか? 無差別自爆テロは、目的の為には手段を選ばない、無差別戦略爆撃、無差別大量破壊殺戮兵器使用の精神に類似すると言えないであろか? それに対し、特攻隊員達は、攻撃目標を軍に向け、軍需品、兵員を輸送する輸送船でさえも、特に目標とはしなかった精神は、軍民を区別し、武人の戦う相手は武人と言う、一種の騎士道的精神、武士道的精神であり、それは、相手の戦力を低下させる為には、非武装の民間人であれ、民間施設であれ、無差別に殺傷破壊してしまえ言う戦略爆撃の裏にある精神とは、相容れないものであるとは言えまいか? イスラエル占領下のパレスチナ人に対する現在の状況を見ると、同情は禁じえないが、命をかけて不正に対して戦うのであれば、その大儀の為にも、無差別殺傷は止めるべきであろう。
 私は、非武装の一般市民を巻き込む無差別自爆テロ行為に対して、神風の名称を用いる事に、抗議すべきと考える。「自爆テロ」は旧日本軍が世界に残した負の遺産ではない。
 特攻隊員達は、無差別攻撃を行ったりはせず、あくまでも軍への攻撃にこだわったのである。カミカゼの名を使うのなら、家族、同胞を敵軍の攻撃から守る為に命を捧げた、敵軍への攻撃、又は、抵抗に限定すべきであり、けして無差別殺傷行為に対して用いてはならないと考える。又、無差別自爆攻撃に対して、カミカゼの名称を用いる事に対しては、断固抗議しなければならないと考える。
 一般市民、民間人を巻き込む無差別自爆テロは、自爆と言う外見はカミカゼと同じでも、その精神はカミカゼの精神とは違う。


Posted by 玉越洋治 at 2010年12月08日 12:43
 旧帝国陸海軍の行った「自爆」攻撃は、大西瀧治郎が言った様に「統帥の外道」である。絶対に上の者が下の者に行わせる事が在ってはならないものである。しかし、神風特別攻撃隊等の行った「自爆」攻撃は、一般市民、民間人をも標的にし、巻き込む「無差別テロ」では決してない。
http://www.geocities.jp/torikai007/1945/kamikaze-statistic.html によるば、突入したのは艦艇(軍))が大半で、輸送船(民)に突入した例は少ない様である。これは、特攻隊員達が、例え軍需品、兵員を輸送しているとは言え、攻撃を行う軍と行わない民間を区別していた事を意味するのではないか? 無差別自爆テロは、目的の為には手段を選ばない、無差別戦略爆撃、無差別大量破壊殺戮兵器使用の精神に類似すると言えないであろか? それに対し、特攻隊員達は、攻撃目標を軍に向け、軍需品、兵員を輸送する輸送船でさえも、特に目標とはしなかった精神は、軍民を区別し、武人の戦う相手は武人と言う、一種の騎士道的精神、武士道的精神であり、それは、相手の戦力を低下させる為には、非武装の民間人であれ、民間施設であれ、無差別に殺傷破壊してしまえ言う戦略爆撃の裏にある精神とは、相容れないものであるとは言えまいか? イスラエル占領下のパレスチナ人に対する現在の状況を見ると、同情は禁じえないが、命をかけて不正に対して戦うのであれば、その大儀の為にも、無差別殺傷は止めるべきであろう。
 私は、非武装の一般市民を巻き込む無差別自爆テロ行為に対して、神風の名称を用いる事に、抗議すべきと考える。「自爆テロ」は旧日本軍が世界に残した負の遺産ではない。
 特攻隊員達は、無差別攻撃を行ったりはせず、あくまでも軍への攻撃にこだわったのである。カミカゼの名を使うのなら、家族、同胞を敵軍の攻撃から守る為に命を捧げた、敵軍への攻撃、又は、抵抗に限定すべきであり、けして無差別殺傷行為に対して用いてはならないと考える。又、無差別自爆攻撃に対して、カミカゼの名称を用いる事に対しては、断固抗議しなければならないと考える。
 一般市民、民間人を巻き込む無差別自爆テロは、自爆と言う外見はカミカゼと同じでも、その精神はカミカゼの精神とは違う。
Posted by 玉越洋治 at 2010年12月08日 12:46
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