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2009年11月18日

「アフガンからの撤退」〜英首相が同盟国に促す

 
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何気ない日常風景は束の間の平和を物語る(カブール郊外で。写真=筆者撮影)


 「オバマのベトナム戦争」ともいわれる泥沼のアフガン戦争。アメリカの最大の同盟国である英国のブラウン首相が撤退を促す演説をした。

 同首相は16日、ビジネス街で行った演説で「(現在、ISAF=国際治安支援部隊=が担っている)治安維持権限をアフガン政府に移譲していくためのタイムテーブルを設定するNATO会議を来年1月にもイギリスで持ちたい」と述べた。

 首相のの治安権限移譲計画は次のようなものだ―
・幾つかの地域ではすでに移譲の準備ができている。
・一地域、一地域、漸次行っていき、最終的には全土で移譲する。
・上記を実現するためのタイムテーブルを設定し、2010年に開始する。
・ただし(タリバーンが圧倒的に強い)ヘルマンド州のような地区は数年を要する。

 英国内での最新世論調査で70%近くが「撤退を望む」と答えたことが、ブラウン首相の背中を押した。欧州全体を覆う厭戦感も大きい。旧東欧も含めて32カ国もが(ISAF全体では43カ国)、アフガニスタン現地に部隊を送り出しているのである。

 英国はアフガニスタンに9,000人もの兵員を派遣している。米国に次ぐ規模だ。開戦時(2001年)、米軍と共に侵攻した英国が、同盟国に撤退を促したことは、米国のアフガニスタン政策に多大な影響を与える。

 オバマ政権には現地から増派要求が突きつけられているが、上院の反対などもあり、決定が延期されている状態だ。ブラウン首相の事実上の「撤退勧告」により、オバマ大統領が増派を拒否する可能性も高くなってきた。
 
 演説のなかでブラウン首相は「アフガン戦争は『出口なき戦争』ではない。ゴールはある」と述べた。だが、出口戦略は開戦より遥かに難しいとされる。

 1979年、アフガニスタンに侵攻したソ連軍は、山岳戦を得意とするムジャヒディーンの前に苦戦、1万5千人もの死者を出し89年に撤退した。

 80年代後半から出口戦略を考えていたとされるソ連は、4年がかりで兵力16万のアフガン国軍と数千人の秘密警察を養成した。

 だがソ連撤退後、再び内戦の火蓋が切られたのである。ソ連と戦うために結束していた各勢力は、またもや激突したのだった。

 米軍率いるISAFが撤退した後、現在のアフガン国軍がタリバーンに早晩撃破されることは日を見るより明らかだ。タリバーンが主導権を握れば、他勢力が黙ってはいない。こうして内戦の泥沼は繰り返されるのだろう。

 評論家や政治家は「タリバーンも入れた和平構築を…」などとしたり顔で言うが、できっこない。民族間の対立はあまりにも根深いからだ。人々のDNAに組み込まれていると言ってよい。

 アレクサンダー大王も大英帝国もソ連も敗退したアフガニスタンに傀儡政権を作ろうとした米ブッシュ政権が愚かだったと言う他ない。
posted by 田中龍作 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | アフガニスタン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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