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2010年10月10日

中国当局による日本人拘束事件 最後の一人帰国

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高橋さん=中央=は、記者会見の間じゅう怒った顔をしていた。怒りはどこに向けられているのだろうか(10日、フジタ本社・渋谷区。写真:筆者撮影)


 ゼネコン準大手フジタの日本人社員4人が軍事区域でビデオ撮影したとして中国治安当局に身柄を拘束された事件で、最後に解放された高橋定さんが10日、帰国し記者会見した。高橋さんは「3人が解放されたと知った後、(自分の)拘束がいつまで続くのかと思うと、憂うつになった」と話した。

 事件は高橋さんら4人が9月20日、中国河北省石家荘市の遺棄化学兵器処理事業に関する現地調査に向かうためレンタカーで事業予定地に向かっていた時に起きた。予定地近くと思われる細い道で「進入禁止」の看板がかかったゲートがあったため、車を止めてスチールカメラやビデオで撮影していたところ拘束された。

 高橋さんは「軍事区域との認識はなかった」と話す。

 「居住監視」と呼ばれる緩やかな拘束で、場所は20日から23日までホテル、24日からは軍の保養所のような所だった。高橋さんだけ29日から政府系の保養所のような場所に移された。

 高橋さんによれば取調べは合計3〜4回で1回につき30分ほどだった。高圧的なこともなく丁重だった。なぜ拘束されたのか、なぜ高橋さんだけ残されたのか。中国治安当局からの説明はなかった、という。高橋さんが3人の解放を知ったのは30日朝、テレビに流れたテロップを見て。

 一人だけ残された理由を記者団から尋ねられた高橋さんは、「ビデオを撮影していたのが自分だったからだと思う」と答えた。

 解放されるにあたって始末書を書かされ保証金5万元(60万円)を払わされた。

 始末書には「軍事区域と書かれた看板を写してしまったのは罪になります」と書かされた。
高橋さんは「毎日『早く解放されますよう』願っていた」と話す。妻や娘とは渋谷区のフジタ本社で再会、「安心した」と言われた。

 日中関係(尖閣沖で海上保安部の巡視船に衝突した中国漁船の船長を逮捕した事件)が、4人の拘束に影響したのではないかと記者団が質問した。

 高橋さんは「それについて私からはお答えできません」とした。同社の中国での今後の事業展開を考慮しているのだろう。上司からも言い含められているに違いない。高橋さんは慎重に言葉を選んだ。最低限のことしか話さない。

 記者会見に同席したリスク対策担当の土屋達朗取締役は「プロジェクト(石家荘での遺棄化学兵器処理事業)の継続は難しい」と諦めきったようすだった。

 筆者が高橋さんに「もし中国に再度赴任するように言われたら、どんな気持ちですか」と聞くと次のように答えた。「解放されたばかりなので気持ちの整理がついていない…」。19日間に渡る拘束の間、最悪の事態となることも頭をよぎっただろう。

 筆者は「中国は嫌いな国ですか?」と畳み掛けるように聞いた。高橋さんの表情が激しく変化した。だが本心を飲み込むように「解放されたばかりなので気持ちの整理がついていない・・・」と繰り返した。

 「悪しき隣人」(枝野・民主党副幹事長)の地でのビジネス展開は絶えずリスクを伴っていることを改めて認識させられる事件だった。


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posted by 田中龍作 at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

就職難が招く少子化 〜前稿で書き残したこと〜

 「派遣(労働者)の奴らなんて嫌いだよ。大体ろくすっぽ働きもせずに甘えてるよ」などという発言を時々耳にする。実情を知らないのだろう。とんでもない認識違いだ。

 派遣労働者の名誉のためにも、フルキャストからコンビニ店に派遣されていたAさん(前稿で登場)の働き方を紹介しよう。勤務時間はゆうに1日12時間、深夜勤務も1週間に2〜3度ある。休みは週に1日あるかないかだ。こまネズミのごとくよく動く。これで手取りは20万円/月ちょっと。給料が安いのは派遣会社のピンハネによるものだ。

 他の業種の派遣労働者も取材したが、月20万円以上得る人は勤労意欲のかたまりで体も丈夫だ。それでも大きな病気や大ケガなどしようものなら明日から仕事はなくなる。多くの派遣会社は雇用保険などに加入していないので収入もなくなる。

 Aさんは勤勉で教養もあった。ジャーナリストの筆者にパレスチナ情勢を語りかけてくるほどだった。無名大学卒であったために最初に就職したのが労働条件の悪い外食産業だったのが、Aさんの躓きの元だった。

 「一流大学卒」→「一流企業・官庁に就職」の図式を外れると一所懸命働いても一人食べていくのさえ危ういのが今の世の中だ。勤勉で教養があっても結婚できないのである。少子化はこれから恐ろしいほどの勢いで加速していくだろう。
posted by 田中龍作 at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

就職難が招く大量の孤独死時代


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倉庫行きのバスを待つ日雇い派遣労働者の列。写真は本文と関係がありません。(JR西船橋駅そばで:筆者撮影)


 今春の大卒就職率は60・8%で昨年よりも7・6ポイントも低下した、という(文科省調べ)。5人に2人は就職していないことになる。驚くべき数字だ。

 今の御時世、新卒で就職しないと、後に職に就く時は非正規か派遣労働者というのが相場だ。毎年数十万人の大学新卒が不況で就職できない。あるいはしない。1991年のバブル崩壊から数えると不況は20年近くも続く。

 当然、非正規社員や派遣労働者はうなぎ上りに増える。彼らのほとんどは不安定雇用で働かざるを得ず、貧しい。こうしたワーキングプアは1,000万人以上にも上り、労働者人口の4分の1近くを占める。

 彼らにとって結婚なんて夢のまた夢だ。派遣会社のフルキャストから某コンビニエンス・ストアに派遣されていた男性Aさん(30代前半)を取材したことがある。「俺、結婚できないっすよ。稼ぎがないから」。こう話してくれた時の自嘲的な笑みが今だに忘れられない。

 男性は大学新卒者として外食産業に就職したが、労働条件が悪すぎたため2年足らずで会社を退職した。次にメーカーに転職したが、ここも労働条件がひどく、また辞めた。会社を移っても移っても、労働条件がまともなところはなく、たどり着いたのが派遣だった。

 3年も前のことになるが、墨田公園で行われていた大晦日の炊き出しに並んでいたBさん(男性・30代前半)もAさんと同じ道筋をたどっていた。Aさんの場合、同じ派遣でも毎日仕事があったが、Bさんは日雇い派遣だったため、仕事はあったりなかったりだ。年末年始は仕事にありつけない。ネットカフェの宿泊費にも事欠くようになり路上に弾き出されていた。

 学校を卒業して最初に就職する会社(組織)は人生を左右する。Aさん、Bさんのように結婚もできないワーキングプアは1,000万人以上もいるのである。彼らは歳を取れば、独居老人となる。政府が労働問題、とりわけ就職問題に本腰を入れなければ、半世紀後には大量の孤独死時代が到来する。
posted by 田中龍作 at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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