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2010年01月02日

「派遣村は走るバス」〜警察に咎められ

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鉄柵の右が官製派遣村の置かれたオリンピック・センター。生活相談に応じる「ワンストップの会」のバスに乗るため入所者が長い列を作った(2日午後。写真=筆者撮影)


 「家賃は5万3,700円までだったら福祉事務所が出してくれます」「年齢などによってマチマチですが、おおよそ8万5千円、生活費として給付されます」……。観光バスの室内前方に立ちガイドよろしく“案内”しているのは、「ワンストップの会」のメンバーだ。同会は仕事と住居を失った労働者がテントと食事を求めて長蛇の列を作った、08年末〜09年初の「派遣村」で中核を担った法律家や労働組合員で作る。

 政府が東京都に協力を求めて現在、実施している「官製派遣村」は、住居を失い生活に困窮する労働者の相談に乗り切れていない、との指摘がある。

 「官製派遣村」となったオリンピック・センター(渋谷区)に入所する男性(37歳)は、「アルバイトのスタッフがマニュアルに沿って経歴などについて事情聴取するだけで、今後の生活再建については何ひとつ相談に乗ってもらえない」とブチまけた。

 「ワンストップの会」は昨年末から、「官製派遣村」の退去期限である1月4日以降の暮らしに不安を抱く入所者への相談会を開いてきた。1月1日からはオリンピック・センターの前に停めた観光バスの中で相談会を開こうとした(「ワンストップの会」は入場を認めてもらえないからだ)。

 だが、東京都の差し金を受けた警察から「駐車違反」と咎められたため、バスを走らせながらの相談会となった。都庁周辺を1時間弱かけて回る。この間に入所者の相談に乗る。

 バスに乗り込んだ入所者は、法律家や労働組合員と2人1組でシートに座った。昨年11月に勤めていた建築会社が倒産したという男性(40歳)は、失業保険をもらえなかったため、日雇いの仕事をしながらネットカフェに寝泊りしていた。12月25日から仕事がなくなり、29日から「官製派遣村」に。入所した時の持ち金は千円こっきりだった。

 退去する4日に即、日払いの仕事が見つからなければ、食事にもありつけず路上に寝なければならない。相談員は「先ず生活保護を受けること」を勧めた。男性はバスのシートに座ったまま生活保護の申請書類に記入した。生活保護申請は2日付けとなり、認められれば、同日に遡って支給される。

 定員27人のバスは、相談員と約20人の入所者で満杯になる。2日、バスは4巡(相談会は4回)したが、積み残された入所者が10人以上出た。

「ワンストップの会」によると年末から2日までに379人の個別相談を受け、274人の生活保護を申請した。

 オリンピックセンターの「官製派遣村」には802人(2日正午現在)が入所している。手持ち金は皆無かほんのわずかという人がほとんどだ。先ずは生活保護を支給して、仕事を見つけてもらうのが妥当だろう。

 繰り返しになるが、深刻な不況にあえぐ現下のご時世で4日に即、日払いの仕事など見つかりっこない。見つかっても恐ろしく不安定で労働条件の劣悪な仕事だ。

 生活保護が必要な入所者には退去が翌日に迫る3日午後、申請先の福祉事務所が明らかにされる。あくまでも申請先の事務所だ。申請できるわけでも、認められるわけでもない。東京都は「ワンストップの会」の問い合わせに「4日以降放り出すということはしない」と答えたという。
posted by 田中龍作 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

政府が「派遣村封じ込め」、失業者増大にもかかわらず

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「ワンストップの会」。法律家、労働組合員らが「生活保護」や「就職」の相談に乗る(新宿・大久保公園で。写真=筆者撮影)


 派遣法を改悪するなどして大量の派遣労働者を切り捨ててきた前政権を選挙で倒した鳩山政権。全国136の自治体に協力を求めて、年末年始に住む所がない人たちに宿と食事を提供する「官製派遣村」を実施している。

 昨年末、仕事も住居も失った労働者らが、厚労省のお膝元の日比谷公園で炊き出しとテントを求めて長蛇の列を作った「派遣村」の再現を防ぐためだ。

 昨年の派遣村は日比谷公園までたどり着いて登録を済ませれば誰でも「入村」できた。職と住まいを喪失した人々に欠かせない「生活保護」「就業」「住宅」「医療」などについての相談コーナーもあり、人だかりができるほどだった。

 今年の「官製派遣村」はどうだろう。東京都の例をとるならこうだ。ハローワークで求職登録を行い、受付票をもらう→東京都健康プラザ・ハイジアで手続き→バスで都の施設へ→1月4日朝まで宿と食事が提供される。

 「官製派遣村」は飢えと寒さをしのぐことはできる。だが職も住居も失った人たちの生活再建については何のフォローもない。景気の冷え込みは凄まじく住居喪失者個人の努力だけでは、再就職など不可能であるにもかかわらずだ。

 「これでは事態は改善されない」と危機感を抱いた法律家や労働組合員らが31日夕まで、新宿・大久保公園で相談に乗る。「元祖派遣村」の中核なった法律家や労働組合員らで作る「ワンストップの会」(代表:宇都宮健児弁護士)だ。専門家が「多重債務」「就業」「住宅」について相談に応じる。場合によっては生活保護申請も行う。

 サービス業の正社員だったという男性(40歳)は秋口にリストラされた。会社が失業保険に入っていなかったため、解雇されてからは引越しや倉庫内作業などで日銭を稼いできた。住まいはネットカフェだった。年の瀬で仕事もなくなりネットカフェに泊まる金も尽きた。「就職や住まいの相談に乗ってもらいたいのでここに来た」と力なく話す。

 総務省の調査(11月25日発表)によると完全失業者数は331万人と前年同月に比べ75万人増加した。労働者をとりまく状況は昨年より悪化しているのである。1月4日の朝まで食事と宿を提供するだけの「官製派遣村」では事態の改善には結びつかない。「元祖派遣村」のような「総合相談」が必要なのである。
 
 政府と東京都は「官製派遣村」の場所さえ公表していない(渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターのようだが)。記者クラブメディアはそれに協力し、外観さえも写さない。ボランティア関係者は「政府による派遣村封じ込め以外の何ものでもない」と吐き捨てた。
 
※ 
ワンストップの会・連絡先
TEL 080-3432-9023
posted by 田中龍作 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

非正規切りの労働者が銀座で座り込み

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「解雇撤回」を求めて非正規労働者の女性たちが、座り込んだ(銀座7丁目資生堂パーラー前で。写真=筆者撮影)


 資生堂・鎌倉工場の請負会社で働いていた非正規労働者が突然の解雇に抗議して23日、銀座で座り込みをした。

 非正規切りに遭ったのは22人の有期契約労働者。全員女性で長い人は8年、短い人でも3年間、資生堂鎌倉工場の化粧品製造ラインで働いていた。

 ユニオンによると当初の労働契約期間は09年1月1日から12月31日だった。ところが請負会社は4月上旬、就業時間の変更を理由に新しい労働条件通知書へのサインを求めた。通知書に記載されていた契約期間は09年4月1日から5月31日だった。契約期間の短縮を知らずにサインした労働者も少なくない。会社側は4月17日、「5月31日付けで解雇する」旨を通告した。

 23日、クリスマスの買い物客などで賑わう銀座中央通り。非正規切りに遭った彼女らは午前11時から「資生堂パーラー」前の舗道上で解雇の撤回を求めて座り込みを始めた。中央通りで歩行者天国が始まる1時間前である。

 銀座を管轄する築地警察署の署員がパトカーと共に駆けつけ緊迫した雰囲気になった。銀座は商店街の取り決めにより路上で演説やパフォーマンスはもとよりチラシ配りを行うことまで禁じられている。20人以上が集まり横断幕を張ってノボリを立て「解雇撤回」を求める演説を行えば、「東京都迷惑防止条例」などを適用できる。

 制服の警察官が「座り込みを解くよう」ユニオンのリーダーに求めた。「ここでの活動は民主党にも共産党にもお断りしてるんですよ」。やんわりとした口調だが、“言ったことは必ず聞いてもらいますよ”という警察特有の威厳が迸っていた。「これ以上続ければ違う所が対処しなければらならなくなる」として暗に機動隊の出動を仄めかせた。
 
 ユニオンのリーダーも「銀座で事を荒立てると不利になる」と判断した。歩行者天国が始まる午後0時、座り込みは解かれた。間一発で強制排除は回避された。
posted by 田中龍作 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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