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2010年11月13日

スーチーさん解放も手放しで喜べず

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「スーチーさんを直ちに解放せよ」、在日ビルマ人100人が声をあげた。(13日、ミャンマー大使館前=東京・北品川=。写真:筆者撮影)


 その声は弾んでいた。「タナカさん、スーチーさんがカイホウされたよ」―
13日、午後8時、BDA(ビルマ民主化運動)の在日ビルマ人女性から筆者の携帯に第一報が飛び込んできた。女性はビルマの同志から電話で報らされたそうだ。スーチーさんの解放時刻は午後5時20分(日本時間午後7時50分)。

 刑務所から解放されたかと思えば次は自宅軟禁。軍事政権はスーチーさんを目まぐるしく拘束し続けた。この21年間で合計15年にものぼる。

 今回の軟禁は昨年5月、外国人を無断で自宅に滞在させた国家防御罪によるものだ。外国人とは見ず知らずのアメリカ人で、スーチー邸裏の湖を泳いで渡ってきた。奇奇怪怪な事件だった。自宅軟禁の期間切れが迫っていたことから軍事政権がデッチあげたとの見方が支配的だ。

 1年6ヶ月の軟禁は13日が期限となっている。「同日午後5時(現地時間)に軍事政権が軟禁を解く可能性がある」との情報が駆け巡っていた。

 この日の午後、在日ビルマ人たちは東京・北品川のミャンマー大使館前で「スーチーさんを解放せよ」とシュプレヒコールをあげた。

 BDAのタンスイ議長らは、シュプレヒコールの合間を縫ってヤンゴンの同志に電話を入れた。ひっきりなしだ。「まだ解放されていない」。スーチーさんを再び自宅軟禁に追い込んだ昨年5月の事件があるだけに“またもや”の懸念が頭をよぎる。タンスイ氏は苛立ちを募らせた。

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「スーチーさんの写真を引っ込めるように」と詰め寄る警察に猛抗議する在日ビルマ人たち。(13日、ミャンマー大使館前。写真:筆者撮影)


 苛立ちは爆発した。同志がスーチーさんの写真パネルを道路端に持ち出したところ警察が制止したのである。同志の男性は写真を引っ込めようとしなかった。10人近い制服警察官が取り囲んだ。タンスイ氏は「スーチーさんの写真を下げたりしたら大変なことになるぞ」と声を震わせて警察に抗議した。顔面は蒼白だ。これほど怒ったタンスイ氏を見たことがない。

 大使館前に集まった約100人の在日ビルマ人たちが呼応した。「フリー、フリー、フリー、バーマ(ビルマ)」の大合唱となった。警察は引き下がらざるを得なかった。

 彼らの願いが通じたのか。それから4時間後、スーチーさんは自宅軟禁を解かれた。在日ビルマ市民労働組合のミンスイ書記長は次のように話す。「僕らのリーダーが解放されて嬉しく思っている。だが前回のようにまた軍事政権がスーチーさんを陥れてくる危険性もある。そう考えると手放しで喜べない」。

 7日に投票が行われた軍事独裁を正当化する新憲法にお墨付きを与えるのが狙いだった。軍事政権が描いたシナリオ通りの結果となることは疑う余地もない。次はどのような口実でスーチーさんを拘束するのだろうか。


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2010年11月07日

ビルマ総選挙 ネット放送局がボイコット呼びかけ

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「総選挙を認めるな!」。シュプレヒコールをあげる在日ビルマ人たち。(7日、ビルマ大使館前=東京・北品川=。写真:筆者撮影)


 きょう7日、ビルマ(ミャンマー)で20年ぶりの総選挙が実施された。総選挙は軍事独裁を正当化する新憲法にお墨付きを与えるのが狙いだ。

 この日、ビルマ大使館前で在日ビルマ人たちが総選挙に抗議する集会を開いた。亡命ビルマ人の抗議活動は世界一斉だ。

 ビルマ大使館前の狭い道路は「投票ボイコット」を呼びかけるプラカードやスーチーさんの写真パネルなどを手にした200人余りで埋め尽くされた。

 「国民を奴隷にする2010年総選挙を認めるな」、「アウンサン・スーチー氏をはじめとする全ての政治囚を釈放しろ」。大使館に向けた激しい抗議の合唱が響いた。

 参加者が持ち込んだPCには、ビルマの今朝のようすがインターネットで伝えられ、映し出されていた。本国の民主化運動グループが運営する「地下放送局」による中継映像だ。「NO」と大きく書かれたTシャツを着た民主化活動家が投票のボイコットを呼びかけている。

 「軍事政権に見つかったら捕まる」「危ないです」・・・PCを操作する男性は心配そうに映像を見守った。

 スーチーさんの写真パネルに寄り沿うように立っている男性に話を聞いた。カチン族のトゥ・ツーマイさん(40歳)だ。学生時代、民主化運動に身を投じていたツーマイさんは軍事政権に睨まれたため、14年前、日本に逃れてきた。

 「昨夜マンダレイの家族と電話で話したが『誰も選挙なんて行こうと思っていない』ということだった。軍事政権が勝手にやっている総選挙は認められない。怒りを感じる。やめてほしい。」。ツーマイさんはとつとつとした口調の中にも怒りを込めた。

 BDA(ミャンマー民主化行動)のタンスウェ議長は、抗議集会の現場から本国の同士に電話をかけて情勢を聞いた。「民主化グループによるボイコット運動が効を奏して投票に行く人は少ない」という。

 それでも選挙を管理するのは軍事政権だ。投票結果は、ほしいままに操作できる。軍事政権の翼賛政党であるUSPD(連邦団結発展党)の勝利は、予め決まっているようなものだ。

 ODA最大供与国としてこの軍事政権を支えているのは、日本である。



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2010年10月27日

ビルマ軍事政権にお墨付き、総選挙ボイコットを

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軍事政権トップのタン・シュエ国家発展評議会議長の写真を踏みつける在日ビルマ人女性。(27日、六本木・三河台公園。写真:筆者撮影)


 在日ビルマ人たちが27日、軍事政権が来月7日に実施する総選挙のボイコットを訴えて都心をデモ行進した。

 20年ぶりに行われる総選挙は、軍事政権にとってたとえ世界中のヒンシュクをかっても強行する意味がある。2008年に発布した憲法にお墨付きを与えるためだ。

 1990年に実施された前回の総選挙ではスーチーさん率いるNLD(国民民主連盟)が80%以上の議席を確保したが、軍事政権はこれを認めず、独裁を恣(ほしいまま)にしてきた。

 2008年発布の憲法は、この軍事独裁を正当化する内容となっている。「議会は軍関係の予算に干渉できない」「最高裁判所は軍事法廷が下した最終判決に干渉できない」「人権侵害や犯罪への関与が認められたとしても、憲法は軍関係者の免罪を約束する」などというものだ。

 軍事政権は総選挙で選ばれた国会議員に憲法を承認させ、正式に公布する。大統領を軍事政権内部あるいは意向にかなった人物の中から選ぶ。

 こうして「ミャンマーは民主的手続きを踏んで憲法を公布し、国家元首を決めましたよ」と国際社会にアピールする、というシナリオを描いている。こんな茶番を認めるのは中国と北朝鮮ぐらいなものだ。

 肝心の総選挙は、軍事政権の翼賛政党であるUSDP(連邦団結発展党)が圧倒的に勝つように仕組まれている。

 投票用紙には「国民登録番号」を記入しなければならない。恐くてUSDP以外には投票できない。少数民族地域では、そもそも選挙が実施されないだろう、といわれている。

 民主化運動にからんで祖国を追われた在日ビルマ人たちが総選挙のボイコットを呼びかけるのは、以上のような理由からだ。
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シュプレヒコールをあげてデモ行進する在日ビルマ人たち。(霞ヶ関・外務省前。写真:筆者撮影)


 1996年に日本に逃れてきたマウン・マウン・ウーさん(41歳)は、90年当時は学生で民主化運動に関わっていたため投票権を与えられなかった。今回の選挙については「日本政府は選挙結果を認めてほしくない」と話す。

 ミンスウェさん(40歳)は90年の選挙でNLDに投票した。「そうなる(軍事政権が結果を認めない)ものとは予想していたが、ガックリした」と顔をしかめた。

 まっとうな選挙が行われることを願って止まないビルマ人の心情には察して余りあるものがあった。

 参加者たちは六本木・三河台公園から霞ヶ関を通って日比谷公園までの道のりをデモ行進した。

 「日本政府はミャンマー軍事政権の汚いやり方に加担するな〜」「ミャンマー軍事政権は国民を軍の奴隷にするな〜」・・・ODA最大供与国でありながら軍事政権に寛容な日本政府に対して厳しいシュプレヒコールが飛んだ。

 血を吐くような叫びは外務省前に来るとひと際大きくなった。


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