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2010年09月26日

ビルマ 長井さん射殺から三年、民主化への道険しく


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長井さん追悼集会。軍事政権の非道さを命と引き換えに伝えた長井さんは在日ビルマ人にとって英雄だ。(26日、国連大学前=渋谷区=写真:筆者撮影)


 日本人ジャーナリストの長井健司さんがビルマ(ミャンマー)で治安部隊に射殺されてから3年が経つ。物価高騰に抗議した民衆蜂起の取材中、至近距離から撃たれた。事切れてなおカメラを手離さなかった姿は、軍事政権の非道さを今も生々しく伝える。

 在日ビルマ人たちが25日、長井さんの命日(27日)に先立ち渋谷の国連大学前で追悼集会を開いた。命と引き換えに「ビルマ軍事独裁」を世界に訴えた長井さん(享年50歳)は、彼らにとって恩人であり英雄でもある。

 長井さんの死後、日本政府の在留特別許可認定を受けた亡命ビルマ人は急増した。長井さんが撃たれた2007年には33人だったが、翌08年には382人と10倍以上に増えた(法務省入国管理局統計)。軍事政権による弾圧が続くビルマへの送還は人道にもとると法務省が判断したためだ。

 07年の民衆蜂起を前に、日本に逃れてきたある男性(40代)は次のように話す。「自分は(茨城県)牛久の難民収容所にいたが、長井さんが殺されてわずか5日後に外に出られた。長井さんはヒーロー」。

 祖国は11月、総選挙を行う予定だ。「軍事政権がスーチーさんを有権者登録した」というニュースが先週流れた。国際社会の批判をかわすための方便であることは明らかだ。スーチーさんの立候補を認めれば、軍事政権に対する国際世論の批判が高まるからだ。民主化への道は険しい。

 2年前、日本に逃れてきた女性(20代)は「ビルマはホープレス」と顔を曇らせた。


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posted by 田中龍作 at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ビルマ(ミャンマー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

スーチーさん、自宅軟禁下で65歳の誕生日 


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高僧は「スーチーさんの解放をお釈迦様に祈る」【19日、国連大学前=東京・渋谷=。写真:筆者撮影】


 ビルマ民主化運動の指導者、アウンサン・スーチーさんは19日、65歳の誕生日を迎えた。自宅軟禁の中でのバースデーである。

 スーチーさんの軟禁は89年から断続的に20年以上も続く。88年、軍部が政治権力を掌握したことに反対する民衆蜂起が発生した。軍事政権はその翌年にスーチーさんを軟禁状態に置き、自由を奪った。ビルマ民主化運動のシンボルであるスーチーさんに政治活動をさせないためである。

 民衆蜂起に関わったため軍事政権に弾圧され日本に逃れてきたビルマ人たちが19日、東京・渋谷の国連大学前でスーチーさんの誕生日を祝った。長きに渡る軟禁を出来るだけ多くの人に知ってもらうためだ。

 参加者の一人で91年に日本に逃れてきた女性は「自由な状態で誕生日を迎えてほしかった」と唇を噛む。

 この日はビルマ仏教の僧侶も招かれた。仏教も軍事政権の弾圧対象になっており、位の高い僧侶は民主化運動の象徴ともなっている。

 高僧のウー・ダマソウティカ師は「我々が平和に暮らせるよう安らぎを与えて下さい。スーチーさんが自由の身となるようお釈迦様に祈りましょう」と説いた。

 日本はビルマへのODA最大供与国だが、経済のつながりを優先するあまり軍事政権に対して強い姿勢はとらなかった。BDA(ビルマ民主化行動グループ)議長のタン・スゥエさんは「政権交代したのだから軍事政権にプレッシャーをかけてほしいが、(民主党政権が)混乱しているから難しいね」と肩を落とした。

 ビルマでは今年10月頃、総選挙が予定されている。国連などは国際社会の選挙監視団を入れさせるよう求めているが、軍事政権は拒否している。
posted by 田中龍作 at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ビルマ(ミャンマー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

長井さん射殺から2年 悪化するミャンマー情勢

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長井さんが治安部隊に射殺されるパフォーマンス。こと切れてもカメラを手放さない(渋谷の国連大学前で。写真=筆者撮影)


 2年前、ヤンゴンで民衆デモを取材中、治安部隊に射殺されたフリージャーナリストの長井健司さんを追悼する集会が27日、渋谷の国連大学前で催された。

 「日本人カメラマン、ヤンゴンで軍の発砲を受け死亡」。07年9月27日の夕方、テレビ画面に点滅したニュース速報の字幕スーパーを今でも昨日のことのように思い出す。

 紛争地域の取材を専門に手がける友人のE氏がミャンマー行きを計画していたため、撃たれたのはE氏ではないかと反射的に思った。E氏はサダム・フセイン政権下のイラクで秘密警察に拘束された“実績”を持つ。ミャンマーでも一度国外退去を喰らった経験もあるので余計に心配になった。JanJan編集部からも携帯に電話がかかった。「ミャンマーで撃たれたのはEさんじゃないだろうな?」

 E氏に電話したところ「まだ日本にいる」というので安心した。同じような問い合わせが相次いでいる、ということだった。

 あれから2年が経った。ミャンマー情勢は悪くなる一方だ。昨年5月はサイクロンが襲い8万4537人が死亡、5万3836人が行方不明となった(ミャンマー政府発表)。穀倉地帯が直撃されたことから、政府発表をはるかに上回る人数の餓死者が出た。

 軍事政権は国際社会からの援助を国民に回さなかったばかりか、横流しで私腹を肥やした軍幹部もいた。国際世論など屁とも思わないのである。

 今年5月には民主化運動のシンボル、スーチーさんが謎の米国人を自宅に滞在させたとして国家防御罪に問われ、数ヶ月にわたって拘束された。事件は軍事政権が仕組んだとの見方が強い。

 東京・渋谷の国連大学前で催された「長井さん追悼集会」には在日ビルマ人、約300人が参加した。しつらえられた祭壇の傍では、長井さんが治安部隊に射殺されるパフォーマンスが演じられた。こと切れてもカメラを手放さなかった長井さんの最期は、今なお心に迫る。

 日本に逃れてきて17年になる在日ビルマ人男性は訴えるように話す。「新しい民主党政権には期待している。前(自民党)と違ってミャンマー軍事政権に圧力をかけてほしい。軍事政権が持ったままの長井さんのカメラを取り返すべきだ」。

 ODA最大供与国として軍事政権を支えてきた日本の政権が交代したのは、小さからぬ転機となるだろう。国連中心主義と人道外交を掲げるオバマ政権が米国に誕生したのも、ミャンマー民主化には追い風となる。国際社会は来年に予定されている総選挙に監視団を送り込めるよう軍事政権に対して圧力をかけるべきだ。
posted by 田中龍作 at 22:32| Comment(2) | TrackBack(0) | ビルマ(ミャンマー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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