文字サイズ

田中龍作ジャーナルはサイトのアドレスが変わりました。
新サイト最新記事 (http://tanakaryusaku.jp/



2009年05月18日

「スー・チーさんを有罪にするな」世界中のビルマ人が同時抗議  

 国家防御罪で刑事訴追されたビルマ民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チーさんの初公判となる18日、世界中のビルマ人が抗議活動を繰り広げた。

スー・チーさんの罪状は、米国籍の男性が自宅に2日間滞在したことを当局に届けなかったというもの。男性はスー・チーさん宅の裏庭に面した湖を泳いで侵入し、再び泳いで返ろうとしたところを軍事政権に見つかり逮捕された。実に不思議で不自然な事件だ。

 スー・チーさんの自宅軟禁は今月27日で切れる。来年に予定されている総選挙にスー・チーさんを立候補させたくない軍事政権としては格好の事件だった。スー・チーさんは14日、武装警察官によってヤンゴン市内の自宅からインセン刑務所に移送された。「ビルマ国民民主連盟(NLD)」によれば、現在は同刑務所近くの一軒屋に拘留されている。

 軍事政権のミャンマー(ビルマ)では、初公判で即有罪判決が当たり前のようにある。有罪となれば3〜5年の禁固となる。

写真
在日ビルマ人300人がシュプレヒコールを挙げた(ミャンマー大使館前=東京・北品川=写真:筆者)


 「スー・チーさんをただちに釈放せよ」。18日昼、在日ビルマ人約300人が、東京・北品川のミャンマー大使館前で抗議の声を挙げた。

 在日ビルマ人の多くは飲食店で働きながら生計を立てているが、この日は仕事は休んで抗議活動に駆けつけた。

 日本に逃れてきて15年が経つ女性は「スー・チーさんが来年の選挙に邪魔だから訴追したことは子供にでも分かる。軍事政権は本当に許せない。スー・チーさんの健康が気にかかる。日本政府は黙っていないで、『すぐに釈放するように』軍事政権に圧力をかけるべき」と憤慨する。

 ビルマ日本事務所のマウン・ミンニョウ事務局長はインターホン越しに、ミャンマー大使館に訴えたーー「あなたちの政権は私たちが望んでいる政権ではない。スー・チーさんをはじめとするすべての政治犯を釈放して下さい。民主国家を作らなければ、あなた達もあなた達の子供も未来はない」。

 マウン事務局長は話し終えるとスー・チーさん拘束に抗議するNLDの声明文を大使館のポストに投函した。

 「軍事政権は不当に拘束しているアウン・サン・スー・チー氏を釈放しろ。Free, Aung San Suu Kyi」。怒気を充満させた300人のシュプレヒコールが大使館前に響き渡った。
posted by 田中龍作 at 19:24| Comment(0) | ビルマ(ミャンマー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月02日

サイクロンから1年、在日ビルマ人が追悼集会

 ミャンマーで死者・行方不明者14万人を出したサイクロン・ナルギスの襲来から2日で1年が経つ。在日ビルマ人たちがこの日、東京・渋谷の国連大学前で犠牲者を追悼すると共に軍事政権の圧政が続く祖国の民主化を訴えた。

写真
サイクロンの犠牲者を追悼する在日ビルマ人(国連大学前=東京・渋谷=写真:筆者)


 追悼集会には、軍事政権に反対する仏教徒連盟「サーサナモリ」ドイツ支部代表のウー・トーパカ師が出席した。師は2001年、ビルマから脱出、現在ドイツのケルン市で亡命生活を送っている。ミャンマーの民主化を訴えるウォーキングキャンペーンを世界中で展開していることでも知られる。

 06年には「ケルン→ベルリン」、07年には「バンコク→メサト」「ニューヨーク→ワシントンDC」を歩いて現地の人々に民主主義の尊さをアピールした。日本では今年10月に東京から広島の原爆記念ドームまで歩くことを企画している。

 ウー・トーパカ師は在日同胞を前に「軍事政権はデモ(2007年9月)の後も坊さんを軍靴で踏みつけたりしている。ビルマ軍事政権を正当化する憲法と総選挙に反対しているNLD(ビルマ民主同盟)をサポートしよう」と説いた。

写真
祖国の民主化を説くウー・トーパカ師


 国の穀倉地帯であるイラワディ・デルタをナルギスが直撃したが、復興ははかばかしくない。国際社会からの援助が軍に流れ、復興に結びついていないからだ。国連と近隣諸国が105億ドルを援助したにもかかわらず、ビルマ政府の発表は15億ドルだったりする。
 
 「援助が被災した国民に行き届いているのかチェックし公表するためにジャーナリストを入国させるべきだ」。国連当局者や援助関係者は口を揃える。

 ところが現状はこの逆だ。ジャーナリストであることを隠して入国しようとしても見破られ、空港で即国外退去処分となる。筆者の場合、ビルマ大使館からジャーナリストであることを見抜かれていたたフシがあったので、ビザは降りたが渡航は見送った。もちろん『田中龍作』は、パスポート上の名前ではない。
 
 ジャーナリストの入国を制限するミャンマーへのODA最大供与国は日本だ。日本政府に何を求めるか?ウー・トーパカ師に聞いた。

 「日本政府はビルマ政府との関係よりもビルマ国民のことを考えてほしい。日本企業と軍事政権が協力しているのが、ビルマ国民にとっては困る。自分の利益だけを貪欲に求めるのは海水を飲むようなもの。やがて動けなくなる」。師は仏教の寓話を交えながら訴えかけるように話した。
posted by 田中龍作 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ビルマ(ミャンマー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。