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2006年09月15日

グルジア親露派大物逮捕にチラつくCIAの影

左:在トビリシ米国大使館(周囲は写真撮影が禁止されているため隠し撮り。写真:すべて筆者撮影)右:2003年、シェワルナゼ政権が打倒されたバラ革命の舞台となった、グルジア国会議事堂。同政権時代のロシア国旗に代わって、今はEU旗がはためく
左:在トビリシ米国大使館(周囲は写真撮影が禁止されているため隠し撮り。写真:すべて筆者撮影)
右:2003年、シェワルナゼ政権が打倒されたバラ革命の舞台となった、グルジア国会議事堂。同政権時代のロシア国旗に代わって、今はEU旗がはためく


 イーゴル・ジオルガゼ元グルジア国家安全相(56歳)が9月6日、国家転覆の容疑で警察に逮捕された。政府筋によると、元国家安全相はロシアから資金援助を得て、ロシア諜報機関と共謀しグルジア政府転覆を企てた容疑が持たれている。

 親露派の野党「正義の党」のメンバーら29人も同時に逮捕された。逮捕者の半数は「正義の党」の下部組織の構成員だった。逮捕日時が6日早朝と発表されているだけで、場所は明らかにされていない。

 かつての治安機関トップが統率する反政府組織はグルジア全土に張り巡らされており、逮捕劇は警察官450人を動員する大掛かりなものとなった。

指名手配中もロシアTVに出演

 ジオルガゼ容疑者は、KGB要員としてアフガニスタン戦争(1981〜89年)などでの功績を評価され、15個もの勲章を得た辣腕諜報員である。仏語、トルコ語、セルビア語など6ヵ国語に堪能。旧ソ連の軍人家庭に育ち、スパイになるために生まれてきたような男、との評がある。

 ソ連崩壊後はシェワルナゼ政権でロシアとのパイプ役をつとめた。CIAが画策し同政権を打倒したバラ革命(2003年)は、ジョージ・ソロス氏(ユダヤ人投機家。慈善事業への巨額の拠出でも知られる)がスポンサーだったとして「反ソロス運動」を展開していた。

 ジオルガゼ元国家安全相は1995年に発覚したシェワルナゼ大統領(当時)暗殺未遂の罪でも起訴されており、国際刑事警察機構(ICPO)から国際指名手配されていた。10年余りに渡る「お尋ね者」の身だったのである。

 元国家安全相は国際指名手配の身でありながら、ロシアのテレビに出演していたという。グルジア政府は一斉摘発した「正義の党」の資金源がロシアであるとの見方を強めており、テレビ出演の件と合わせてロシア政府の説明を求める方針だ。

グルジア手放せないロシア

 グルジアがシェワルナゼ政権崩壊(2003年)とともに一気に親欧米国家となったことは、改めていうまでもない。中東に次ぐ豊かな埋蔵量を持つカスピ海の石油を、トルコに運び出すBTCパイプライン(※)が通過したことで、同国はますます欧米との結び付きを強めている。米国で学んだシャーカシビリ氏の大統領就任自体が、CIAのシナリオだった、との説が当時有力だった。

 しかし、イランを足場に中東への関与を強めたい(地図参照)ロシアにとって、グルジアは戦略要衝だ。トルコがNATOの一角を占めていることもあり、もしグルジアを完全に失ってしまえば、黒海から地中海への出口を失ってしまう。自慢の黒海艦隊も袋のネズミとなる。ロシアがグルジアを手放せないのは、当然だ。

 ワイン輸入禁止、天燃ガス値上げは、親欧米路線をひた走るシャーカシビリ政権に対する強い牽制である。

強い反ロ感情でクーデター失敗

 元国家安全相の逮捕をめぐる捜査の過程で、グルジア政界では、ロシア治安機関から資金を得ている政治家がいることが明らかになっている。

 黒幕ロシアを相手取ってのこれだけの大捕り物は、小国グルジアの治安機関だけでなしうる業ではない。3年前のシェワルナゼ政権転覆同様、CIAが関与していると見るのが妥当だろう。

 天燃資源に乏しく、さしたる輸出産業もないグルジア経済は、低迷からの脱出口さえ見出せずにいる。失業率12.6%、全人口の半分以上が貧困ライン(1日の生活費が1ドル未満)下にある。

 ロシアとの領土紛争が続いているため、首都トビリシなどに数十万人もの国内難民を抱える。ロシアから輸入する天然ガスの値上がりは、台所を直撃する。国民には不満が溜まっており、反政府運動に火が着きやすい状況にあることも確かだ。

 6日の一斉逮捕の際、警察は「正義の党」の下部組織がアジトに隠し持っていた兵器や現金をビデオ撮影しており、即日テレビで公開した。政府のリスク管理能力をアピールする狙いからだ。

 すご腕のKGB要員でもあった元国家安全相は、ロシアからの資金を得て、親ロ政党とその下部組織をフルに動かして、グルジア国民の反政府感情を煽ろうとしていた。だが、反ロ感情の強いグルジア国民には受け入れられずに失敗に終った。

◇ ◇ ◇


 本記事は「BBC web」「The Georgian Times」「CIA fact file」などを参考に執筆しました。

(※)BTCパイプライン
 Baku(アゼルバイジャンの首都)→ Tbilici(グルジアの首都)→ Ceyhan(トルコの港湾都市)を結ぶ
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2006年04月14日

模造でまわるスターリンのグルジア・ワイン

 ソムリエの田崎真也氏は修行時代、フランスの葡萄畑を歩き回ったという。芳醇なワインとなる葡萄を育む土、いわば基礎の基礎から勉強しているのだ。田崎氏に倣ったわけでも何でもないが、筆者はワインのゆりかごとも謳われるグルジアの大地を歩いたことがある(本当はシュワルナゼ政権崩壊後を取材するためだった)。起伏に富み、大小の河川が縦横無尽に流れる。農耕国家を象徴する黒味を帯びた湿潤な土が、質の良い葡萄の木を育んでいるのだろう。そう感じることしきりだった。

民宿でも自家製ワインが食卓を彩る。右手前のピッチャー(写真:すべて筆者撮影)
民宿でも自家製ワインが食卓を彩る。右手前のピッチャー(写真:すべて筆者撮影)


 レストラン(といっても日本の大衆食堂に毛のはえた程度)に行けば、オーナーが自家製のワインを勧めてきた。地下のワインセラー、さらには葡萄を足で搾る年代物の機械まで見せてくれた。自家製であるという証拠を示したいのだろう。味は確かに格別だった。先ずフルーティーさに舌が驚く。渋みとコクと甘さが実にほどよく溶け合って、滑るように喉を通ってゆく。

計画経済が生んだ水増しワイン

 それにしてもなぜここまで自家製にこだわるのか。最近になってその謎を知ることができた。

 ニューヨークタイムス(web版)によれば、ロシア政府当局は3月末からグルジア産ワインの輸入・販売を禁じた。農薬が混入しているから、というのが表向きの理由だ。シャーカシビリ政権が親欧米路線を取っていることに対する嫌がらせとの見方もある。

 話は80年も前にさかのぼる。ワイン好きだったとも言われるスターリンはグルジア人だった(ロシア人ではなかったことのコンプレックスがスターリンを凶暴にさせたという見方もある)。もともと良質だったこともあってグルジア産ワインは、当時のブランド品となった。「スターリン・テイスト」とも呼ばれたほどだ。

 だが社会主義特有の計画経済は、グルジア・ワインの質を劣化させることになった。計画経済は量の確保(ノルマ)を最優先させる。言い方を変えれば量さえ確保すればよい。その結果、グレープジュースにアルコールと砂糖を入れてさらに水増しした「模造ワイン」が横行することになった。70年に及んだソ連体制は、グルジア・ワインにとって受難の時代だった。

スターリンは出身地のグルジア・ワインを好んだ。ゴリ市のスターリン博物館。
スターリンは出身地のグルジア・ワインを好んだ。ゴリ市のスターリン博物館。


本家生産能力の7倍超える流通

 ところが、ソ連が崩壊する(91年)と、さらに事態は悪化する。国家統制から解かれて、ある程度自由に製造・販売できるようになったことから偽造が「本格化」したのだ。他国で作られたテーブルワインや、ウォッカ工場で製造されたワインに『グルジア・ワイン』のラベルが貼られるありさまになった。ロシアとグルジアの業者の結託でニセ物グルジア・ワインは大増産された。

 ロシアのある輸入・販売業者は50%から80%もがニセのグルジア・ワインだと明かす。フランスのボルドー地方にあたるグルジア・ムクザリ地方の生産能力は年間140万本しかないのにもかかわらず、1千万本がロシア国内に出回っている、という。

 グルジア共和国は03年末、シェワルナゼ政権を倒した「バラ革命」以後、親欧米路線を取り、隣国のウクライナに大きな影響を与えた。さらにベラルーシにまで波及している。

 ロシア離れをみせるこれらの国々に対してプーチン大統領は、天燃ガスの大幅値上げを通告している(関連記事:エネルギーが止まった厳寒の国 2006/01/27)。グルジア・ワインの輸入・販売禁止が、こうした報復措置の一環と見られても、致し方ないだろう。『真性グルジア・ワイン』の製造・販売業者にとっては、おおきな打撃だ。

 本家のブランドイメージを落した『模造グルジア・ワイン』を飲みながら、あの世のスターリンは一連の騒動にさぞや悪酔いしていることだろう。

◇ ◇ ◇


 本記事はニューヨークタイムズ(web版)“In Russia, Buying Wine Takes a Delicate Nose for Fraud”を参考に執筆しました。
posted by 田中龍作 at 00:00| Comment(0) | グルジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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