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2009年10月27日

民主・小沢幹事長、相乗り禁止で自民壊滅目指す

 
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「首長選挙も政党本位であるべき」と小沢幹事長(26日、民主党本部で。写真=筆者撮影)


 民主党は25日投開票の長野市長、川崎市長、宮城県知事の3首長選挙で、党推薦候補が現職に敗れた。神奈川、静岡の参院補選で勝利し、総選挙後も快進撃が続く国政選挙とは対照的だ。

 全国的に見て地方の首長選挙では現職が強い。各党と労働組合が相乗りするからだ(表立って推薦・支持を表明していなくても事実上支援している)。だが有権者にしてみれば分かりづらい。それが投票率を著しく低くしているとの見方が強い。
 
 民主党の選挙を指揮する小沢幹事長は相乗りを嫌い、極力独自候補を立てるようにしている。

 小沢氏は26日の記者会見で首長選挙の敗北について「足腰を鍛え、党の基盤、政治家の支持基盤を充実する努力をしてもらいたい」と無念さをにじませた。

 小沢幹事長は次のように語り今後も相乗りを避ける方針を示した――。「民主主義は煎じ詰めると政党政治だ。地方であろうが、中央であろうが、政党としての考え方を地方の皆様にも理解して頂く。欧米では末端に至るまで政党間で争っている。日本はまだそこまで割り切れていない状態。少しづつ理解して頂いて結果として党勢の拡大にもなる。イコール国民の皆さんのわが党に対する理解も深まる」。

 小沢氏に近い民主党関係者は、同氏が首長選挙で独自候補の擁立に強い意欲を示す真の狙いを次のように解説する―ー。

 地方議会はまだまだ自・公が強い。民主党議員が議長を務めている都道府県議会は東京、岩手など3都県に過ぎない。ゴマンといる議員の過半数を民主党が押さえるのは困難だ。そこでまず首長を取り、これまで続いてきた議会と首長のもたれ合い(共助)をなくす。こうして(最終的には)自民党を壊滅させる。

 小沢氏の理想は「いつでも政権交代可能な2大政党制」だ。参院補選の敗北により業界の自民党離れは加速するだろう。自民党崩壊が現実味を帯びるなか、どのような2大政党に小沢氏は持っていくのだろうか。シナリオを知りたいものだ。
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2009年10月14日

小沢氏「自民党議員引抜き」、参院で民主単独過半数


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参院でも民主単独過半数に向けて着々と手を打つ小沢幹事長(民主党本部で。写真=筆者撮影)


 閣僚経験者や知名度のある自民党参院議員の離党情報が夕刊紙などを賑わしている。取り沙汰されているのは防衛相、経済財政担当相を歴任した林芳正氏(山口)とTVタックルなどでおなじみの山本一太氏(群馬)。

 離党者はまだ出そうだ。衆院選で歴史的惨敗を喫した自民党は、抜本的な再建策が打ち出せていない。自民党総裁選とその後の人事でも裏づけられた。まさに旧態依然。あいそを尽かしたように農協、歯科医師連盟、日本医師連盟など自民党の大集票マシーンだった業界団体が離反している。

 政権与党の座から転落し国会議員が激減したため、陳情をつなげない地方組織はメロメロになりつつある。

 個人レベルでの自民離れも深刻だ。どんな政党にするのか、全くビジョンが示されないため元来の保守層までもが自民党を見限っている。谷垣総裁の唱える「草の根の支持」は、現実認識を著しく欠くものだ。

 改革派で鳴るある中堅議員(当選3回)は目も虚ろだ。親しいマスコミ関係者に「民主党に移りたい」と漏らしているという。総裁選でこの中堅議員と共に河野太郎氏を推した弁護士出身の参院議員も顔色を失っている。

 河野氏は総裁選期間中、「『みんなの党』の渡辺喜美と連携する」とまで言って憚らなかった。森キロウ支配に公然と異を唱えた唯一の総裁候補が、自民党から片足外に出ているのだ。こんな政治家に党の再生を任せられるだろうか。自民党は人材が枯渇した、とも言える。

 今月25日に投開票となる神奈川と静岡の参院補選でも、自民党は敗色濃厚だ。業界団体の自民党離れはさらに進むだろう。あと1年のうちに自民党が体制を立て直せるなどとは、谷垣総裁でさえ思っていないはずだ。

 参院での民主党単独の現有勢力は109議席。これに13議席上積みすれば参院でも民主党の単独過半数となる。

 「自らが所属する党に絶望している自民党参院議員を民主党に引き込む考えはないのか」、民主党本部で13日、開かれた定例記者会見で筆者は小沢幹事長に尋ねた。
 
 「正々堂々と王道を行く」。いつもは仏頂面の小沢氏が破顔一笑して答えた。一本釣りという名の王道だろうか、と筆者は皮肉っぽく考えた。

 小沢氏は細川・羽田連立政権時(93年8月〜94年6月)に一本釣りで自民党の屋台骨を揺さぶった実績がある。当時と比べれば自民党の屋台骨は箸ほどに細っている。破顔一笑したのは、自民党壊滅が具体的に見えたからだろうか。
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2009年09月28日

自民総裁選−長老支配残り党の存続は危うく

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第24代自民党総裁に選ばれた谷垣禎一・元財務相(自民党本部ホールで。写真=塩田涼撮影)


 麻生太郎前総裁の後継を選ぶ自民党総裁選挙は28日行われ、谷垣禎一・元財務相(64歳)が2位の河野太郎・前法務副大臣(46歳)に大差をつけ第24代総裁に選ばれた。

 総裁選の投開票場となる自民党本部ホールは500席だ。党所属の国会議員は衆参合わせても199人しかいない。空席が目立たないように一般党員をゲストとして招き席を埋めた。苦肉の策が、党の凋落ぶりを象徴していた。

 衆院選挙で歴史的惨敗を喫した自民党の建て直しがかかった今回の総裁選。全派閥の支持を受けた谷垣氏は「皆でやろうぜ」をキャッチフレーズに「老・壮・青」の団結を訴えた。

 「派閥政治の解消なくして自民党の再生なし」が持論の河野氏は、街頭遊説などで森元首相や町村元官房長官を名指しで批判し、世代交代を強く唱えた。

 「皆でやろうぜ」は、古い自民党を引き摺る派閥の領袖たちになお活躍してもらおうとも取れる。一方、河野氏が声を大にアピールする世代交代はベテラン排除につながる。

 残念ながら谷垣氏、河野氏の主張は共に党再生の本筋ではない。自民党大敗の原因は煎じ詰めて言えば国民生活に目を向けてこなかったからだ。「ベテランのパワーも活かす」いや「長老たちには退いてもらう」の議論で解決できる問題ではない。

 総裁選は10日間かけて全国9カ所を回ったが、さっぱり盛り上がらなかった。党員投票率は47パーセントと前回より15ポイントも下回った。
 
 【危機感なき国会議員】

 総裁選期間中の9月24日、党本部で青年局、婦人局による公開討論会が行われた。大惨敗を喫したのだから執行部への厳しい批判などが飛び出すものと期待していたが、見事に裏切られた。

 3人(西村、河野、谷垣)の候補に「尊敬する政治家は誰か?」と聞いたり、「○×」形式で当り障りのない問題を回答したりと冗漫な討論会となった。まるで忘年会の余興だ。危機感などかけらも感じられなかった。

 討論会が終わった後、関西から参加した市議会議員は筆者に「常在戦場じゃない。国会議員は平安貴族と同じだ。地方の自民党はいつ民主党に鞍替えするか分からない」と危機感を募らせた。

 国会議員票を35票しか獲得できなかった河野氏が、109票もの地方党員票を獲得したのは、地方の不満の表れだ。

 党改革を訴え続けてきた丸山和也参院議員は「党員と国会議員の間にギャップがあり、国民と党員の間にもギャップがある。自民党は皆それに気がついてないんだよ」。

 平沢勝栄衆院議員は「みんなでやった結果、衆院選挙であんな惨敗をした。古い自民党を引き摺った人たちがまた出てくるのは、東條英機が『日本を再生します』と言うのと同じ」と斬り捨てた。

 批判の矢面に立つ森元首相だが、開票結果を見届けるとそそくさとホールを後にし玄関に出てきた。なじみの古参カメラマンを見つけると右手でVサインを作り会心の笑みを浮かべた。長老支配は温存されたのである。

 森キロウ氏、古賀誠氏、青木幹雄氏らが政界を退く頃、自民党は野党第3党か第4党あたりまで転落しているだろう。
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