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2009年09月18日

自民総裁選 谷垣氏当選で森院政


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自民党総裁選に立候補した3氏(自民党本部で。撮影=山本宏樹)


 麻生前総裁の後継を選ぶ自民党総裁選挙は18日、告示された。西村康稔・前外務政務官(46才)、河野太郎・元法務副大臣(46)、谷垣禎一・元財務相(64)の3人が立候補したが、「森元首相脚本」による茶番劇となりそうだ。

 告示前日に突然“頭角”を現した西村氏の存在に「おや?」と首をかしげたのは筆者ばかりではないだろう。西村氏は通産省から石川県商工課に出向していた時代に森氏に見出され国会議員となった。当然、森元首相率いる町村派の所属だ。

 世代交代を避けたい自民党の長老たちは、谷垣氏を総裁にしたい。全派閥の推薦を受けて議員票では谷垣氏がリードしている。だが地方党員が若手の登場を望み、もし河野氏が当選するようなことにでもなれば、長老支配は崩されかねない。そこで同じく若手の西村氏を総裁選に立候補させた。若手分断作戦である。(趣味の悪い)脚本は森キロウ元首相によるものだ―ー永田町の見立てである。

 谷垣氏は派閥に乗っかり、西村氏は森キロウ氏の差しがね、河野氏は派閥政治打破。3人のスタンスは記者会見でもよく現れていた。「自民党再生のために森喜朗という人は害か?」という質問が記者団から出た。

 谷垣氏「特定の人はとやかくいうつもりはない。『みんなでやろうぜ』というのが私のスタンス」。

 西村氏「(森氏からは)能力を評価して頂いている。今も教えて頂いている。(総裁選に)出ますと挨拶した」。

 最も答えたくない質問にアワを食った西村氏はシドロモドロだった。

 河野氏「森喜朗さんはそろそろ出処進退をお考えになる時」。


 河野氏はこれまで総裁選の度に出馬に意欲を示していたが、推薦人20名が集まらず立候補できなかった。今回は「世代交代しかない」と決起した若手、中堅が懸命になって集めた。推薦人20名を集めるのがどれだけ大変かを河野氏が明かした―「派閥の領袖が仲間に電話をかけてきて『河野太郎の推薦人になるな』と圧力をかけてきた」。

 そのうえで「これだけ選挙に負けたのにまだ懲りてない。そこ(派閥領袖)を切らなければ党の再生はない」とまで言い切った。

 河野氏は「森喜朗さんはじめ談合で福田内閣を作り上げた派閥政治が自民党を損ねた」と容赦なかった。


 密室でコソコソ決める派閥政治は、国民の知らないところで政治が決まる。国民生活は二の次になりがちだ。それに有権者からノーを突きつけられた結果が、総選挙の大惨敗だった。

 谷垣氏が総裁に選ばれれば、森キロウ氏の院政となるだろう。繰り返し指摘しているが、森キロウ元首相らが退場しない限り自民党の再生はない。
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2009年09月15日

鳩山政権誕生、2大政党制まだ遠く 

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党再生会議。「揺り戻し先は自民党とならなければならない」と発言する片山さつき前議員(自民党本部で。写真=筆者撮影)


 特別国会が16日召集され、民主党の鳩山由紀夫代表が内閣総理大臣に指名される。「首班指名国会」を前日に控えた15日、民主党は両院議員総会を、自民党は「党再生会議」を開いた。
 
 民主、自民両党の会議はほぼ同じ時間に重なったため、筆者のような個人事業者は両方の会場を行き来した。民主党は紀尾井町のホテル、自民党は平河町の党本部だ。入場受付証となるリボンがアベコベにならないように2つとも胸につけた。

 今回の衆院選挙で大勝し巨大与党となった民主党は所属議員が衆参両院を合わせると417人にもなる。日焼けが残って浅黒い議員たちの顔が、真夏の選挙の厳しさを物語っていた。

 長崎2区で大ベテランの久間章生元防衛相を破った福田衣里子議員は「命を大切にする政治をしたい」と抱負を語った。立候補を決意した時と同じコメントがフレッシュさを感じさせた。東京10区で小池元環境相に競り勝った江端貴子議員は「雇用と介護に取り組みたい」。両氏とも生活者の視点でしっかりと語った。

 民主党の両院議員総会会場から1キロと離れていない自民党本部はうって変わって鎮痛な雰囲気が立ち込めていた。歴史的惨敗を受けて設けた党再生会議が9日から断続的に開かれているが、15日は今回の総選挙で落選した前議員たちからのヒアリングが行われた。
 「頑張ったのに大変だったねえ〜」「いや〜、君もここにいたのか」……。会場では落選議員たちの自嘲的なフレーズが飛び交った。

 執行部が発言を求めると数え切れないほどの手が挙がった。吉田六左エ門・前議員(新潟1区)は「選挙立会い人の友人から『これまでとは全然違う階層が投票に来ていた』と聞かされた」と話した。選挙期間中同様、戸惑いを隠しきれないところにショックの大きさが窺えた。

 葉梨康弘・前議員(茨城3区)は憤懣やる方ないのだろう。激しい口調でまくし立てた。「自民党は執行部も含めて国民の苦しさがわかるのか。あの内閣では官僚を使いこなせないことが国民に見透かされた。選挙に勝てそうだからと言って(麻生)総裁を選んだ我々も悪かった。我々は秘書も食わしている。霞を食って生きているわけではない」。

 党幹部はマスコミが政権交代を煽ったと思い込み、落選議員たちは戸惑いあるいは憤る。これらは選挙直後に解決すべき問題だった。自民党の再生に向けた道のりは展望さえ開けない状態だ。
 
 参院選も一年足らずに迫り、稀代の「軍師」である小沢民主党幹事長は手を着々と打ち始めている。かつては自民党支持だった業界を抱き込むなどは序の口だ。来年改選を控え、自民党に見切りをつけたがっている有望な自民党参院議員も引き込むだろう。健全な野党の誕生まではまだ長い時間を要しそうだ。

 政権交代があっても本格的2大政党制の登場はまだ遠そうだ。
posted by 田中龍作 at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

自民両院総会 若手中堅グループは鎮圧、懐柔された


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自民党・両院議員総会。正面は執行部(平河町の党本部で。撮影:塩田涼)


 自民党は意思決定機関である両院議員総会を8日、党本部で開き、総裁選を18日告示、28日投票とし、16日の首班指名は若林正俊両院議員総会長に投票することを決めた。

 衆院選挙の歴史的惨敗で再生が危ぶまれるなか党内刷新を求める声で紛糾するものと予想されていたが、現状改革につながる提案はあっさりと否決された。派閥領袖や執行部の目論見通りの結果となった。

 自民党の旧態依然の象徴とされているのが派閥領袖による党支配だ。これを担保しているのが「総裁選に立候補するには推薦人20名以上を集めなければならない」とする規定である。

 20名の推薦人を得るのは確かに骨が折れる。昨年9月、出馬した石破茂農水相、石原伸晃幹事長代理は森キロウ元首相など派閥のボスに推薦人を回してもらったほどだ。

 これまで幾度も総裁選への出馬を目指したものの推薦人20名を集めきれず立候補を断念している河野太郎衆院議員が規定の見直しを求めた―「これだけ国会議員の人数が減ったのだから20人という数に意味はない。10人としてはいかがか」。

 河野氏の提案は動議となり挙手による採決となったが、手を挙げた議員は20人足らず。あっさりと否決された。人数の少なさには河野氏も驚いていた。「もう少しはあるかと思っていたが」と首を傾げた。

【若手と執行部の間に談合があった】

 テレビカメラの前で自称改革派の若手、中堅議員は「派閥政治を払拭しよう」としきりと訴えていた。にもかかわらず、派閥の力に頼らずに総裁選ができる河野氏の提案に賛成する議員は驚くほど少なかった。これには裏があった。

 両院総会の直前にある若手グループの代表と細田幹事長がすり合わせをしていたのだ。幹事長とすり合わせをしたO衆院議員が親しい記者に話しているのを筆者は側聞した。

 S衆院議員もベテラン記者と二人きりになった際「自民党はガタガタしていると見られると良くないですから(現状追認した)」と語っていた。S議員もテレビカメラに向かって「派閥のボスや首相経験者が動くのはやめてもらいたい」と勇ましかった政治家である。

 ほとんどが裏で事前に決まるこの党の「わかりにくさ」にも有権者は嫌気がさしたのだ。にもかかわらず、改革の旗を掲げなければならないはずの若手がこのありさまである。

 河野氏以外にも改革を唱える議員はいた。だが発言するたびに「必要ない!」の野次があちこちから飛んだ。総裁選の前倒しを求める意見も出なかった。総裁になるわけでもない人物に首班指名で投票することを大多数の賛成で決めた。もはや改革のエネルギーは感じられない。

 歯に衣着せぬ発言が真骨頂の丸山和也参院議員は「現状維持のままになってしまった。改革しようという意志さえない。もうこの党は解党するしかない」と諦めとも憤りともつかぬ表情で語った。

 前出の河野太郎氏は「敗北の総括と検証もないままに総裁選に突き進んでいる。自民党をどんな政党にしたいのか、議論しなければならないのに…」と党への不信感を募らせる。

 スポーツの試合の敗戦でも、明日につながる負け方とそうでない負け方がある。衆院選での自民党の惨敗は、明日の展望さえ見えない大敗北である。しかもなぜ負けたのか総括、検証しようともしていない。

 小選挙区で負け比例復活で命拾いした武部勤元幹事長が記者団に語った言葉が、現在の自民党を象徴している―「自民党が負けたのは君たちが『政権交代』と煽ったからだ・・・」。

 武部氏は、国民の生活に目を向けない自民党政治に有権者が「ノー」を突きつけたことを自覚していないようだ。武部氏ばかりでない。「政権交代」という4文字熟語の責任だと思い込んでいる議員の何と多いことか。このままでは自民党は来夏の参院選も敗北し、破滅へと向かうだろう。
posted by 田中龍作 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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