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2010年05月16日

「沖縄の苦しみを持ち込むな」〜徳之島出身者がデモ


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「自然と思いやりに溢れた徳之島を残したい」。徳之島出身の主婦は話した。(15日、日比谷公園で。撮影:筆者)


 米軍普天間基地の移設問題で揺れる徳之島の出身者ら500人余りが15日、東京・都心で「米軍基地反対」のデモ行進をした(主催=関東一円に住む徳之島島人会)。

 「沖縄の米軍基地は最低でも県外」。鳩山首相の思いつき発言で始まった迷走のトバッチリを食っているのが徳之島だ。徳之島の地元3町長と徳之島町議から移設を断られた鳩山政権は15、16日の両日、平野官房長官が基地推進派の徳之島町の建設、運輸業者らに会い、移設受け入れを要請している。
 
 ドタバタの最中のデモは、なりふり構わず徳之島に米軍の訓練基地を移設したがっている鳩山政権をけん制する狙いがある。参加者のほとんどは黄色のシャツを身につけて日比谷公園に集結した。黄色は4月25日の沖縄県民大会以来「米軍基地反対」を表すシンボルカラーとなっている。

 3人の子供の手を引いて参加した主婦(青梅市在住・30代)は、高校卒業まで徳之島で育った。「島の景色を今のまま残してもらいたい。自然と人間の暖かさに溢れた島を米軍によって引き裂いてもらいたくない。両親が徳之島に残っているので、沖縄のような米軍基地の騒音にさらしたくない」。

 前日に徳之島から駆けつけた男性(農業・50代)は「基地建設以前の問題だ。賛成と反対で島民を2分している。許せない」と唇を噛む。「訓練だけと言っておきながら全面的に移ってくるのは目に見えている」と続けた。沖縄で米軍による事件・事故がしばしば起きているだけに不信感は根強いようだ。
 
 長寿、出生率とも日本一の島に降って湧いたような米軍基地移設問題。島人会代表の樺山浩三さんは「沖縄の苦しみを(徳之島の)子や孫にバトンタッチしてはならない」と訴えた
posted by 田中龍作 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

「米軍基地はノー」 徳之島3町長が首相に直談判

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伊仙町の大久保町長は報道陣に「頑張ってきます」と決意表明して首相官邸に乗り込んでいった(7日午後2時45分。撮影:筆者)


 米軍普天間基地の移設先として政府が白羽の矢を立てた鹿児島県徳之島の3町長は7日、官邸で鳩山首相に会い「受け入れ拒否の民意」を直接伝えた。

 実力者の徳田虎雄氏に会い、訪問先の沖縄で移設候補地として名前を挙げるなど鳩山首相はこのところ徳之島移設に性急な動きを見せている。3町長は政府案として正式に決まる前に「ノー」を突きつける必要があった。

 鳩山首相との会談には鹿児島県の伊藤祐一郎知事、徳之島出身の徳田毅衆院議員が同席した。会談は1時間余りに及んだ。

 伊藤知事によると首相は先ず「皆様にご迷惑をかけて済みません」と謝罪した。そのうえで日米関係の重要性について述べ「普天間から遠くない所(徳之島)に移設させて頂きたい」と要請した、という。

 平野博文官房長官も「現実的な対応をせざるを得ない。日本国全体の問題として日本国全体で分担してもらいたい」と求めた。政府の最高責任者とナンバー2が“米軍基地を受け入れてほしい”と迫ったのである。

 3町長(伊仙町=大久保明、天城町=大久幸助、徳之島町=高岡秀規)は、徳之島への米軍基地移設に反対する島内外の2万5,800人の署名を首相に手渡した。署名の宛名は「内閣総理大臣鳩山由紀夫殿」である。

 3町長は首相に対して異口同音に「基地反対の民意が覆ることはない」と強調した。記者団が「もし総理がまた会いたいと言ってきたらどうするか?」と問うと、3人とも「何回、何十回会っても平行線」ときっぱり答えた。

 徳之島移設案をめぐっては地元に伝わるより先にマスコミに「徳之島」の地名が出るなど官邸の不手際が目立った。島民に不信感や反感を植えつけてしまったのである。

 にもかかわらず鳩山首相は徳之島への移設に強いこだわりを見せる。首相は「可能な範囲で受け入れてもらえないだろうか。訓練だけでも受け入れてもらえないだろうか」と懇願した、という。公約通り県外に移設した、という実績を何とか作りたいのだろう。まるで細い一本の糸にすがっているようにさえ見える。一国のリーダーの威厳は微塵も感じられない。

 官邸前では会談に向かう3町長を報道陣が待ち構えた。町長らを乗せた黒塗りのハイヤーが官邸のゲートを潜ろうとした瞬間、ひとりの女性(50代)が「騙されるなよ〜」と叫んだ。女性は徳之島伊仙町出身という。会談があることをテレビで知り駆けつけてきた。降って湧いたような徳之島移設案を「とんでもない話。『苦しみを分かちあえ』と言うのだったら、東京に基地を持ってくるべき」と憤慨したようすで語った。
posted by 田中龍作 at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

日米の民主党政権が手をつけられない辺野古現行案

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辺野古キャンプシュワブ。海兵隊員の宿泊施設はもともと東(画面右側)にあったがV字型滑走路が出来るためここに移動した(名護市、撮影:筆者)


 「普天間移設問題」をめぐって鳩山政権は袋小路に追い詰められた。グアムへの全面移転を米側が受け入れないと分かると、思いつきに近い形で国内の候補地を探った。先ず長崎県大村、大分県日出生台などである。沖縄と距離が離れ過ぎているため米国が難色を示した。

 次に白羽の矢を立てたのが、沖縄のホワイトビーチ沖と鹿児島県徳之島だった。いずれも地元の反対で基地建設は絶望的だ。徳之島は沖縄と離れており訓練基地の分散は不都合であるとして米軍も難色を示している。

 米軍基地という「最大の迷惑施設」を持って行くのである。十全な根回しをして具体的な地名が明るみに出る時にはすでに決定している――練達の政権であればこうである。

 ところが鳩山政権はあまりにも稚拙だった。ホワイトビーチ案は官房長官が口の端に乗せたことで明らかになり、徳之島案は民主党衆院議員の牧野聖修氏が下見に行ったことで露見した。これでは反対してくれと言って歩いているようなものである。

 鳩山政権は苦し紛れの策として辺野古沖の桟橋方式を再浮上させた。桟橋案は1996年に登場したのだが、海兵隊が「鉄の塊の上で訓練するのはイヤだ」と拒否した。埋め立て方式に比べるとテロ攻撃に晒される危険性が高いためである。海兵隊の司令官が「琉球人」の政府関係者にこう漏らしたというのだ。

 こうして現行案のV字滑走路に落ち着いたのである。稚拙な鳩山政権といえども自民党政権の防衛族、建設業界、地元政治家などの利権が絡んでいることは認識していただろう。
 
 だが米ゼネコン大手のベクテル社が絡み、オバマ政権が軍産複合体を把握しきれていないことまでは考慮に入れていなかったのではないか。オバマ大統領自身も現行案をいじることはできないのである。辺野古のキャンプシュワブではV字型滑走路建設を既定方針として、滑走路が通ることになる場所にあった海兵隊員の宿泊施設をすでに移動させている。(写真参照)

 にもかかわらず民主党は「自民党と違うことをやれば票になる」と安直に考え、昨夏の総選挙で「県外移設」を公約に掲げてしまった。

 民主党のこのお粗末さは2007年の都知事選を思い出させる。根回しも下工作も進んでいない段階で意中の候補者の名が次から次へとマスコミに挙がった。「この組織とあの組織の支持は取り付けましたから最低でも○○票は出ます。大丈夫ですから出馬して下さい」と隠密裏に話を持って行かなくてはならないのに、名前だけが先行した。意中の候補者は悉く不安になり出馬を断ったのである。

 政府が辺野古沖の桟橋方式で無理やりに押し通そうとしても、建設資材の搬入経路となる海岸では反対派の環境保護団体などが座り込みを続けており、地元名護市の稲嶺市長も基地建設反対の立場を変えていない。

 それでも強行すれば混乱は必至だ。普天間基地は1ミリたりとも動かなくなる恐れがある。
posted by 田中龍作 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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