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2009年11月10日

【沖縄発】「思いやり住宅」空室で基地外の豪邸に住む米兵

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日本人住宅街に建ち並ぶ米兵用住宅(沖縄県北谷町で。写真=筆者撮影)


 多くの日本人は高い家賃で「ウサギ小屋」に住み続けてきた。昨今では日雇い派遣で得た賃金でどうにかネットカフェに寝泊りする人たちも珍しくない。

 世界最低水準の住宅事情に喘ぐ日本人を尻目に、基地外の豪邸に住むのが在日米軍の兵隊さんたちだ。基地外とは日本人が暮らす住宅街のことである。

 写真は在日米空軍・嘉手納基地のある北谷町に建ち並ぶ米兵用豪邸だ。米国のテレビドラマの世界に迷い込んだような錯覚さえ覚える。日本では豪邸に住むのは、金持ちやエリートなどの特権階級と相場が決まっている。

 ところが在日米軍の基準では、よほど下っ端でない限り入居可能だ。外務省、防衛省のまとめによると基地外の住宅に住む在日米軍兵士・家族・軍属は、日本本土で1万2,061人、沖縄で1万748人となっている。

 基地内の宿舎が満室のため基地の外に住宅を求めるのかと思っていたら、そうではなかった。基地内にも日本の高級マンションのような立派な住宅もあるのだが、空室も結構あるという。フェンスの外に出て堅気の暮らしもしてみたいのだろうか。

 日本政府の思いやり予算で建設(全戸ではない)したにもかかわらず、空室にされたのではたまったものではない。しかも基地外住宅に住む米兵がトラブルや事件を起こすケースが少なくない。

 ベテランのタクシー運転手(63歳)は「高い用心棒代だ。我々の税金から出ているのだから腹が立つ」と吐き捨てるように話す。日本は“不良用心棒”を高待遇でもてなし、挙句にひき逃げされ、レイプされるのだ。こんなお人良しの国は世界でも珍しい。

 鳩山政権が進める「事業仕分け」には、思いやり予算も対象となっている。ヤクザの「みかじめ料」にも等しいこの予算に大なたを振るうことができるのか。鳩山外交の試金石とも言える。
posted by 田中龍作 at 20:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

【沖縄発】混迷の辺野古基地計画、米軍は早や完成後にらむ

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白亜の建物はリゾートホテルではない。キャンプ・シュワブの米兵宿舎だ(沖縄・辺野古漁港から同岬を望む。写真=筆者撮影)


 眼前には紺碧の海が広がり、周りをこんもりとした森が囲む。まるでリゾート・ホテルを思わせる白亜の建物は、在日沖縄米軍・キャンプ・シュワブ内の海兵隊員宿舎だ。映画館などが入った複合娯楽施設も右手(東)に見える。

 辺野古と呼ばれるこの一帯の海岸は海洋資源の宝庫である。ほんのわずか沖に目をやれば筋を引くように白い波が立っている。さんご礁が広がっていることを示すものだ。ジュゴンの生息も確認されている。

 だが静かで豊かな自然は危機に直面することになる。1996年末、突如として日米政府がここに海上基地の建設を決定した。SACO(沖縄施設・区域特別行動委員会)最終報告に普天間基地の「沖縄本島東海岸沖」への移設が明記されたのである。

 SACOは95年に起きた米兵による少女レイプ事件を重く見た日米両政府が設けた。沖縄県民の負担を少しでも軽減することがねらいだった。「SACO中間報告(96年4月)」では住宅密集地にある「普天間基地の全面返還」が打ち上げられた。沖縄中が喜びに沸いた。

 ところが最終報告(96年12月)では普天間基地の移設先に東海岸沖が当てられることになったのである。間もなく東海岸とは辺野古であることが明らかになった。沖縄県民の喜びは怒りへと変わった。

 橋本龍太郎首相(当時)は「普天間が返ってくるぞ」と喜んだという。橋本首相は沖縄政策で得点を稼いだつもりだったのだろうが、沖縄県民にとっては苦痛が和らいだわけではなかった。新たな火種が辺野古に持ち込まれたのだから。沖縄島内での基地の「たらい回し」は、今に始まったことではなかった。
    
 海上基地建設の決定から8年が経つ。基地の形態も「沖合いヘリパッド」→「L字型滑走路」→ 「辺野古岬の先端(陸)をかすめるV字型滑走路」と変わった。

 海上基地建設の日本側の当事者が自民党から民主党に変わったことも大きな意味を持つ。新政権誕生後も重要閣僚の意見の食い違いが基地問題の行方をさらに分かりにくくしている。

 日本政府の迷走を尻目に見ているのが米国政府だ。ゲーツ国防長官は「『普天間の移設』『辺野古の基地建設』『海兵隊のグァム移転』は(3点)パッケージだ」と涼しげに話す。

 ところが、冒頭のリゾート・ホテル風の米兵用宿舎は、昨年完成しているのだ。建設費は日本の思いやり予算から出ている。すでに入居済み、という。

 「V字型滑走路」が完成した場合、米軍は滑走路にかかる宿舎を移転させなければならない。そのため新宿舎に早々と移ったのだそうだ。「『3点パッケージ』は譲らないぞ」とする米国政府の意志表示なのだろうか。

 鳩山政権は「対等の日米同盟」を掲げ、対米追従から“卒業”しようとしている。だが、沖縄基地問題への対応を見る限りでは、米国がいまだに主導権を握っているようだ。
posted by 田中龍作 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

【沖縄発】「何が基地統合か」〜民主党に裏切られた

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オバアは「普天間と嘉手納の統合案」に目を吊り上げて怒る(嘉手納町ロータリー広場で。写真=筆者撮影)


 在日米軍・嘉手納基地は嘉手納町の面積の83%をも占める。元々そこで暮らしていた住民は残る土地に追いやられた。しかも耳をつんざく爆音の中で暮らす。騒音被害は深刻だ。我慢は限度に達しているのに、さらなる負担を加えるような提案が政府の閣僚から出た。岡田克也外相の「普天間と嘉手納の統合しか残された道はない」とする発言だ。

 「政権を取るまで言っていたことと話が違うではないか」。憤る嘉手納町の住民たちは7日、町民大会を開いた。会場は基地の整備や建設を担う防衛施設局の真裏にあるグラウンドだ。

 オジイ、オバア、ニーニー、ネーネー達が続々と集まりグラウンドを埋め尽くした。手にしたプラカードには「何が統合か!」、背中のゼッケンには「普天間飛行場の嘉手納統合反対」などと記されている。怒りと決意の表れだ。

 「(鳩山政権は基地問題を)サッサと片付けたいから嘉手納に統合しようとしている。裏切られた。約束は守ってほしい」(男性・嘉手納生まれ=29歳)。

 「これ以上住民負担を増やしてどうする。民主党になっても沖縄の人が苦しめられている。悪い方向に行ってほしくない。(政府には)住民が苦しめられているという目線に立って考えてほしい」(女性・嘉手納在住=30歳)。

 「ふざけるな。(普天間と嘉手納の統合は)あり得ない。民主党に期待して投票したのに裏切られた」(女性・嘉手納在住=60代後半)。

 基地問題をめぐる民主党の迷走は、嘉手納の人々が口々に言うように「裏切り」と取られても仕方がない――

 選挙期間中、来沖した鳩山代表は「少なくとも普天間は県外か国外に移転させる」と明言。有権者の支持を集め、4選挙区とも自公系候補は落選した。

 ところが、政権に就くと前言を反古にする発言が、重要閣僚から飛び出したのである。岡田外相が「普天間と嘉手納の統合しか道はない」と言えば、北沢防衛相は「国外・県外も難しいから現行案(辺野古への移設)しかない」との考えを示した。鳩山首相がさらに混乱を増幅させた。「最終的には私が決める」などと曖昧に述べ、回答を留保したのだ。
 
 沖縄の人々は歴代の自民党政権と自公政権に散々振り回されてきた。「普天間の県外・国外移転」を政策(民主党・沖縄ビジョン)に掲げる民主党が政権に就き、基地問題は改善の方向に向かうものと見られていた。だが期待通りではなかった。

 嘉手納町老人クラブ連合会会長の稲嶺盛貞さん(77歳)の言葉が事態を象徴している―「(民主党は)裏切りだと声を大にして訴えたい。戦後60年余り経ち、これ以上問題を残したら子や孫に申し訳が立たない」。
posted by 田中龍作 at 23:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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