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2010年05月09日

【連載】地元の宝活かし雇用生む島 〜その4〜

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魚網の補修に追われるIターン転職者(奥の男性2人。手前は漁労長。撮影:筆者)


【Iターンは家族も含め200人】

 自治体も政党もいまだ公共工事の呪縛から抜けきっていない。国会で予算が承認される前に国土交通省の箇所付けが自治体に漏れたケースなどは典型例である。

 「小泉・竹中改革」で公共工事は激減し地方交付税も大幅に減らされた。救いを求めて駆け込むかのように市町村合併は進んだ。
 
 だが100億円を超える負債を抱えながらも合併を拒否したのが海士町だった。アイデアマンが行政のトップになると自治体は活気づく。20年間勤めていたNTTで営業畑を歩んできた山内道雄町長はビジネス感覚に長けていた。

 公共工事を捨てて「金を産む」事業を行うことを決めた。だが、新しい事業には新しい人材を必要とする。そこで山内町長は道路や橋を作ることを止め、行政や議会の大幅賃金カットを行い、Iターン転職者のための住宅建設費に回すなどしたのである。

 交流促進課を島の玄関にあたる港に置いたのもアイデアである。来島者の反応がダイレクトに分かるからだ。庁舎内にいては分からない。しかも1年365日、窓口を開けている。

 港の建物は木造で温もりを感じさせる。洒落たデザインでリゾート地の船着場を思わせる。CASにIターン就職した前出の藤井徹さんは初めて島に来た時、港を見て「この町は元気があるな、と感じた」と話す。こうした工夫で外から人を呼び込んだのである。

 海士町へのIターンは家族も含めて約200人となった。平均年齢は働き盛りの40代だ。町には税金も入る。何より彼らは冨をもたらす事業の牽引車だ。

 大企業を誘致すれば自治体が豊かになる時代は終わった。派遣切りで失業者が溢れかえった企業城下町の惨状が雄弁に物語っている。人に投資することの大切さを海士町は教えてくれる。「コンクリートから人へ」が描く街づくりとは、どういうものなのかを。

               〜おわり〜
posted by 田中龍作 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雇用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

【連載】地元の宝活かし雇用生む島〜その3〜


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体重9キロものブリを持っている男性は宮崎県で建築の仕事をしていた(海士町沖で。撮影:筆者)


【東京でブランド化に成功】

 獲れたままの魚介類は宝の原石に過ぎない。山内町長は付加価値をつける、すなわち原石を磨くことを考えた。そこで導入したのが「CAS」である。

 「CAS (Cell Alive System)」は魚介類の細胞を生きたままで瞬間冷却する特殊技術。海士町は5億円を投じてCAS工場を建設し、第3セクターの株式会社「ふるさと海士」に運営をまかせた。

 島で獲れる白イカ、岩ガキは高級食材なのだが、漁獲量は一定しない。限られた量で、しかも最寄りの市場である境港までの輸送コストがかかるため、漁師の収入はわずかだった。

 「CAS」で瞬間冷却すれば量を確保できる。味も鮮度も落ちないままだ。山内町長は「東京で勝負する」ことにした。安定した量を高値で買ってくれる料亭や百貨店に自らセールスをかけたのである。営業は成功。海士町の白イカ、岩ガキはブランド化された。70%は大都市の料亭や百貨店に出荷され、10%が中国に高級食材として輸出されている。「CAS」は島の稼ぎ頭ともなっている。

 漁協からその朝獲れた魚介類を買取り、次々と冷凍作業を進める。「CAS」は雇用も生んだ。従業員は現在約20名。漁師の妻たちは目にも止まらないほどの速さでイカの皮をはぎ、はらわたを出していく。魚のさばき方も鮮やかだ。

 ここにもIターンがいる。藤井徹さん(40才)だ。愛媛県西条市に本社があるテーマパーク設営会社に勤めていた藤井さんは2005年、転職雑誌で株式会社「ふるさと海士」を知り応募した。

 藤井さんはテーマパーク設営のために数ヶ月ごとに転勤する生活に嫌気がさしていた。大阪生まれで田舎に憧れていたこともあった。

 山内町長や奥田和司社長ら取締役の面接にどぎまぎしながら次のように答えたという。「獲れた物を商品にして売る、というところに引かれた。嘘がない。やりがいを感じる」。
 
 採用が決まったが、1才年上の妻は泣いて反対した。「やってみたいんだ」と藤井さんはひたすら妻に頭を下げた。妻の仕事が島で見つからなかったら、移住は断念しようということになったが、役場が妻を総務課の臨時職員として雇った。家族を抱えるIターン就職希望者のために海士町が便宜を図ったのである。
 
 藤井さん、妻、幼子2人の計4人は、海士町の定住促進住宅に入居した。家賃相場は一戸建てで月3万円。都会では信じられないような安さだ。冒頭紹介した定置網漁の佐伯さん一家も来島一年目は定住促進住宅に入った。
 奥さんの就職の世話と併せて、町はIターン就職希望者が安心して島に渡って来られるような配慮をしている。

 役場のみならず島の人々も「移住者」に親切だ。藤井さん一家が島に来て間もない頃、自宅前に魚と野菜がたんまりと置かれていたことがあった。「よそから来て大変だなあ」と声をかけてくれた。魚と野菜はいまだに置いてくれる。

 藤井さんの仕事は主に経理と営業。奥田社長と共に東京を中心に大阪、広島などにセールスに出かける。「CAS冷凍」の白イカや岩ガキに対する客の手ごたえを感じる、充実の行脚だ。「あの時、(島への移住を)決断して良かった。悔いはない」。こう語る藤井さんの表情は明るい。島に来た時2歳だった長女は、今年小学校に上がる。

 
                      (つづく)  
ラベル:雇用 cas 岩ガキ
posted by 田中龍作 at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雇用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月06日

【連載】地元の宝活かし雇用生む島 〜その2〜

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隠岐中ノ島(島根県海士町)。入り江で取れた岩ガキやナマコはブランド品として東京や中国に出荷される(撮影:筆者)


   【赤字団体寸前で町は公共事業を捨てた】

 島根県松江市の沖合60キロに浮かぶ隠岐中ノ島は、周囲89・1km。海士(あま)町という「1島1町」の小島だ。境港からフェリーと渡船を乗り継ぎ3時間半かけてたどり着く。典型的な離島である。

 島には農業と漁業以外に産業らしいものはない。働き場がなければ若者は島を離れる。町役場のデータによれば高校卒業後はほとんどが島外へ出て行く。生産人口は減り高齢者は増える。高齢化率は39%にも達した(2005年国勢調査)。10人のうち4人が65歳以上のお年寄りということになる。

 税収は減り医療費などは増える。海士町の財政は苦しくなる一方だった。2002年には海士町の負債は100億円を超えた。借金が島の年間予算の2・5倍にも上ったのである。数年後に赤字団体に転落することは目に見えていた。夕張で起きていることは対岸の火事ではなかったのだ。

 悪いことは重なる。小泉政権による『三位一体の改革』がただでさえ苦しい海士町の財政を直撃した。地方交付税交付金が1億3,000万円も減らされることになったのである。町税収入に匹敵する金額だった。

 『三位一体の改革』は公共事業をも激減させた。「公共事業では生きてゆけなくなる」と痛感した山内道雄町長は、道路、橋、岸壁を作ることを止めた。公共事業を捨てたのである。
 山内町長は地元政治家(町議会議員→町長)に転身する前は20年間、本土のNTTで営業畑を歩んできた。コスト感覚が染み付いているのだ。

 山内町長は同時に行政自らのリストラを断行した。収入役を廃止した他、町長、助役、議員、教育委員、職員の給与を大幅カットしたのである。平成16年度から実施し、翌17年度には町長=50%、助役・議員・教育委員=40%、職員=10〜30%減とした。まさしく身を削るような賃金カットだった。同年度には2億円の人件費を削減できた。

 「役場の課長たちが『町長、我々の給料をカットして下さい』と言ってきた」。山内町長は懐かしそうに当時を振り返る。課長たちにしてみれば、町がもし赤字団体に転落したら元も子もなくなる、という危機感があった。

 海士町はこうして浮かせた資金で外から人材を集め「島の宝物」を育てることにした。宝とは「海の幸」である。誰もが考える企業誘致ではなかった。

                   (つづく)
posted by 田中龍作 at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雇用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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