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2011年02月12日

【カイロ発】 殉教者たちが支えた市民革命

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治安警察に射殺された若者たちを慰霊するための献花台がしつらえられた。(タハリール広場。写真:筆者撮影)


 1月28日、蜂起後初の金曜礼拝の日だった。タハリール広場には「打倒ムバラク」を叫ぶ十数万人が集いアラーの神へ祈りを捧げていた。衣擦れの音が厳粛さを感じさせる。

 広場は治安警察が取り囲んでいた。言論の自由を徹底的に封じ込めるのが役目の治安警察にとって、広場の蜂起は足元を揺るがす一大事である。

 治安警察の銃口が火を噴いたのは、祈りが最高潮に達しようとする時だった。銃弾を受けた人たちはバタバタと倒れる。ある男性は頭を撃ちぬかれ、ある女性は胸に銃弾を浴びた。

 彼らの死に報いるために青年たちは戦車前の座り込みを解かなかった。犠牲者たちは天から革命を守ったのである。

 広場の一角には献花台がしつらえられた。花を手向けに訪れる市民が後を絶たない。殉教者たちよ安らかなれ。


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posted by 田中龍作 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【カイロ発】 ネットで蜂起、市民革命勝利

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ムバラク大統領が結局は辞任を否定した前夜と違い人々の喜びの声は力強かった。(11日夜、タハリール広場。写真:筆者撮影)


 11日午後6時、スレイマン副大統領がムバラク大統領のステップダウンを正式に発表すると、タハリール広場は大きな爆発音のような歓喜が沸き起こった。半信半疑だった昨夜と違って人々の喜びの声は力強かった。

 「市民が独裁体制を倒したぞ」「アラー・アクバル(神は偉大なり)」・・・。昨夜までのような「ムバラク出て行け」コールはない。

 スーツ姿の若い男性(20代)は、「生まれてこれまでムバラクレジームしか知らなかったんだ、信じられない」と顔をクシャクシャにしながら筆者を抱きしめた。

 青年たちが座り込んでいた戦車前にはたどり着くことができなかった。昨夜以上の人出だ。

 ネットで呼びかけ合った市民革命は蜂起から18日目に勝利をつかんだ。新聞・テレビと違い市民一人一人が情報発信するネットは、独裁政権といえども簡単にコントロールできない。

 政府批判を唱えれば簡単に逮捕されるムバラク独裁体制下で、青年たちが「打倒ムバラク」を国民に呼びかけることができたのもネットがあればこそだ。インターネットの普及がなければ「エジプト市民革命」はなかった。

 日本の記者クラブメディアのように国民を洗脳するシステムがなかったことも幸いした。

 米国が工作すれば大きなシッペ返し
 
 オバマ政権はスレイマン副大統領を軸に後継体制を構築しようとやっきだ。スレイマン氏がイスラエルともハマスとも話しができるからだ。  

 タハリール広場にはスレイマン氏を模した操り人形が一昨日あたりから登場し人々の嘲笑を浴びている。「ムバラク大統領の操り人形」に過ぎないという意味だ。スレイマン副大統領に寄せる国民の信頼は、米国の期待とウラハラに薄い。

 一方、武装闘争を否定し福祉活動にも力を入れる「ムスリム同胞団」は国民の信頼も厚い。だが米国にとっては最も嫌な存在だ。

 第1次世界大戦以来、中東は長らく欧米のご都合主義に翻弄されてきた。パレスチナの悲劇はその所産であり、「9・11テロ」は報復でもある。米国がエジプトの新体制作りに身勝手な工作をすれば、とてつもなく大きなシッペ返しを食らうことになろう。

 
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2011年02月11日

【カイロ発】反ムバラク派、国営放送に突入図る

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反ムバラク派のデモ隊は国営放送の玄関前まで突進した。戦車が張り付き、2階バルコニーには兵士が銃を持って構えているのが見える。(11日、カイロ市内国営放送前。写真:筆者撮影)


 ムバラク大統領が引続きの最高権力者の座に留まることを表明したため「反ムバラク派」の怒りは収まらない。「続投表明」翌日の11日、反ムバラク派は「エジプト国営放送」に突入をはかった。

 朝鮮中央放送がそうであるように独裁国家の国営放送は権力者のプロパガンダ装置だ。エジプト国営放送も例外ではない。タハリール広場に「打倒ムバラク」を叫ぶ数十万人が集まっているにもかかわらず、「3百人」と伝えるなど大統領べったりの報道姿勢は国民の反発を招いていた。当然、反体制派の標的となる。警戒は極めて厳重だ。
 
 国営放送前の道路はコンクリートブロックで塞がれ、10台近い戦車が建物の周りを固める。歩兵がさらに戦車の周りに配置されている。蟻の這い入る隙間もない、とはこのことだ。

 国営放送はタハリール広場から北西へ1キロ程行ったナイル川の畔にある。国営放送につながる道路も軍が戦車を置いて容易には入れない状態だ。広場を出た反ムバラク派のデモ隊はここをすんなりと通過した。軍はデモ隊を止めなかったのである。デモ隊はさらに国営放送からわずか数十メートル手前のコンクリートブロックも脇に回ってなだれ込んだ。

 国営放送玄関まで数メートルの所には鉄条網が張られ、銃を構えた数十人の兵士がガードする。デモ隊はここまで突進したのである。だが鉄条網は破れなかった。打楽器のリスムに乗って「ムバラク出てゆけ」のシャンテを1時間余り繰り返した。

 NHKに喩えるとこうだ。渋谷の公園通りに設けられた軍の検問所をすんなりと通過し、代々木公園入り口のコンクリートブロックも脇に回って潜り抜けた。スタジオパークの玄関前まで突進したが、鉄条網と軍隊のガードに阻まれた。

 
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posted by 田中龍作 at 23:59| Comment(1) | TrackBack(0) | エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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