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2011年02月11日

【カイロ発】束の間の“ムバラク辞任” 大荒れ必至のデモ

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タハリール広場を包んだ歓喜は束の間のものだった。やがて怒りが天を突くようなブーイングが起きた。(10日夜。写真:筆者撮影)


 「ムバラク大統領が間もなくステップ・ダウンをアナウンスする」、CNNテレビが速報すると筆者はカメラをひっつかんでホテルを飛び出した。通りはタハリール広場に向かう人々の洪水だった。車のクラクションがけたたましい。

 青年たちが「打倒ムバラク独裁」をネットで呼びかけ合い蜂起したのは1月25日。それから17日が経っていた。

 筆者は蜂起初日から戦車の前に座り込んでいた男性(7日掲載「戦車にひき殺されようとも」)にどうしても会いたかった。広場はすでに人の海と化しており、戦車前にたどり着くまでは30分近くかかった。

 やっとの思いで男性に会うと、「コングラッチュレーション」と声をかけた。

 男性は「まだ信じられない」としながらも「1にムバラクが出て行くこと、2に自由、3に民主主義」と話した。顔は上気している。
  
 一緒に戦車の前で体を張った別の男性の言葉が独裁体制の根深さとそれへの反発を物語っている―「政府各省の人間をすべて変えなければならない。彼らはムバラクと金でつなっがっている。彼らの権力は非合法なのだから」。

 カイロ大学の男子学生(21歳)の言葉は、今回の市民革命の性格を象徴していた―「僕もフェイスブックの呼びかけで革命に参加した一人だ。ノーモア・ミリタリーレジーム。ノーモア・ディクテーターシップ」。

 彼の傍にいた71歳の画家がいみじくも言った。「これは青年たちの革命だ。我々の世代の革命ではない」。

 この時点まで半信半疑とはいえ、人々は歓喜に沸いていた。局面は一転する―

 「ムバラク大統領のステップダウン」を伝えるCNNの第一報から2時間後、大統領は国営放送を通じてテレビ演説をした。「権限はスレイマン副大統領に譲るが辞任はしない」とする内容だ。

 タハリール広場には天を突きあげるようなブーイングが起きた。連日、広場に響いていた「ムバラク、ゴーアウト」のシャンテは血を吐くような叫びと変わった。
 
 「ムバラク打倒派」は11日、大統領宮殿に向けて大規模デモをかける。大荒れとなるのは必至だ。軍の対応しだいで市民革命の行方が決まる。



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posted by 田中龍作 at 13:27| Comment(1) | TrackBack(0) | エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

【カイロ発】 携帯写メールが見守る市民革命

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戦車前に座り込んだ「ムバラク打倒派」の人々を携帯電話の内蔵カメラで撮影する市民。(タハリール広場。写真:筆者撮影)。


 「オブザーバーの動画撮影は禁止」などと前時代的なことを金科玉条に掲げる総務省記者クラブの面々が見たら卒倒を起こしそうな光景がタハリール広場で展開されている。

 仕事を終えて広場に繰り込んだ市民が携帯電話の内蔵カメラで戦車前の座り込みを撮影しているのである。撮影した動画やスチールは知人、友人にメールで送る。

 ムバラク政権べったりのテレビ局が放送しなくとも、携帯電話の転送に次ぐ転送で映像はマスの規模での国民の目に触れる。さらには海外にも流れる。さすがの軍もエジプト人がそれも携帯電話で撮影するのを咎めることはできないようだ。

 だが市民がめっきり少なくなる朝は軍も強気に出る。10日朝、兵士が「車両を洗うので戦車を動かす」として座り込みの人々と一悶着起きた。兵士も“援軍”を連れてきて説得にあたったが、「打倒ムバラク派」の人々は聞き入れなかった。結局、戦車は動けなかった。

 体を張ってタハリール広場を死守する人々がいて、それをネットや携帯写メールが見守る。現代通信事情を反映した市民革命がエジプトで進行中だ。


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posted by 田中龍作 at 19:22| Comment(2) | TrackBack(0) | エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

【カイロ発】 「ここ数日でエジプトの将来が決まる」

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広場南入口は阿波踊りを思わせるノリに包まれる。「打倒ムバラク派」の歓迎に踊りだす市民も珍しくない。(9日、タハリール広場。写真:筆者撮影)


 タハリール広場南入り口は外国人はじめ多くの人々が利用する。軍のチェックを潜ると人々を迎えるのは「打倒ムバラク派」のシャンテだ。「ムバラクは出てゆけ」「エジプト国民に自由を」・・・ドフと呼ばれる打楽器が打ち鳴らすリズムに乗ったシャンテは、徳島の阿波踊りを思わせるノリだ。踊り始める市民も現れる(写真)。

 「打倒ムバラク派」は軍と背中合わせの場所で、市民を歓迎するのである。とりわけ外国人ジャーナリストはねんごろの“出迎え”を受ける。腕を組まれて踊りの輪に引き摺り込まれることも珍しくない。踊りが終わると「写真を撮れ」とジャスチャーでアピールだ。

 軍と一体であることを海外にアピールするのが「ムバラク打倒派」の狙いである。軍に対しても「世界と我々はつながっているんだぞ」と訴えているのだ。

 広場はムバラク大統領を風刺した漫画や合成写真がひしめく。「警察に逮捕されたムバラク」「ヒトラーの顔の部分がムバラク」・・・。絞首刑にかけられたムバラク人形さえある。大統領批判など夢の中でさえできなかった市民たちが独裁への怒りを一気に吐き出しているようだ。

 だがムバラク大統領は後継体制作りが混迷していることを奇貨として政権の座から降りようとしない。

 ネットで呼びかけあって蜂起してから16日が経つ。業を煮やしつつある「打倒ムバラク派」は、金曜礼拝のある明後日(11日)にも大統領宮殿へ向けてデモをかける予定という。軍がデモを武力で鎮圧するのか、それとも容認するのか。軍の出方しだいで国民の間に高まる「反ムバラク」のベクトルは180度違ったものとなる。

 毎午後仕事を終えて広場に駆けつける男性(40代・技術者)は「ここ数日がエジプトの将来を決める。民主主義国家として発展するのか、沈むのか、大きな分かれ目だ。軍が武力鎮圧しないことを願っている」と祈るような表情で話した。国際社会も固唾を飲んで見守る。

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posted by 田中龍作 at 23:20| Comment(1) | TrackBack(0) | エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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