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2011年05月06日

原発事故 早くもウヤムヤの雲行き

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合同記者会見の開始当初は立錐の余地もないほどだったが、今はガラ空きのカメラマンスペース。(6日夕、東京電力本店。写真:筆者撮影)


 鳴り物入りで始まった福島原子力発電所事故対策統合本部(通称:統合本部)の合同記者会見――

 今回の原発事故で、原子力安全保安院、原子力安全委員会、東京電力、文科省は、いずれも叩けばホコリ、いや放射能が出る組織だ。これら4組織からのコメントを一か所にいながらにして引き出せることから、合同本部の記者会見は立錐の余地もなかった。

 カメラは林立し、席から溢れて立見する記者たちが鈴なりとなって壁にへばりついた。

 ところが開始から10日余りでご覧のありさまである(写真)。カメラは数えるほどだ。記者席は所々空席もある。

 フリーランスの木野龍逸氏や江川紹子氏が地道に追及しているが、当の4機関(文科省、保安院、安全委、東電)はノラリクラリとかわす。

 それもそのはず。官僚は無謬性の砦に守られ、東電は独占企業だ。たとえ責任を厳しく問われて誤魔化せないような事態となろうとも、彼らは痛くも痒くもないのである。

 唯一責任が問われるとすれば細野豪志・統合本部事務局長(首相補佐官)だ。対応を誤り世間に批判されれば、自分の選挙が危うくなる。

 細野氏が事務局長で首相補佐官ということもあり、官僚、東電ともそれなりに緊張感を持って記者団からの質問に答えていた。記者会見が終わるまで細野補佐官が席にいてニラミを利かせていたことが大きい。

 だが6日の合同記者会見で、細野補佐官は挨拶を済ませると退席してしまったのである。東電、文科省、保安院、安全委)にはリラックスムードが流れた。

 記者クラブメディアはもともと厳しく追及する気もないが、カメラが激減したことで答える側の4機関も楽になった。

 史上最悪となったチェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」となった東電福島第一原発事故。「人の噂も七十五日」というが、事故原因の本格究明も始まらないうちにフェードアウトしていきそうな雲行きだ。

 
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2011年05月05日

「子供のためにも原発は要らない」 世田谷デモ

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乳母車を押す母親は東京都の浄水場からヨウ素が検出された時「(安全な)飲料水を求めて駆けずり回った」。(5日、世田谷。写真:筆者撮影)


 「こどもの日」の5日、父母らが「子供のためにも原発は要らない」と訴えて世田谷の閑静な住宅街をデモ行進した(主催:世田谷エネルギーシフト55実行委員会)。

 デモ出発前の集会には「反原発」を唱えて区長選挙に当選した保坂展人氏も参加した。

 放射能汚染による最大の犠牲者となるのが子供たちだ。筆者はこれまで数々の「反原発デモ」を取材してきたが、今回は特に子供連れが多かった。

 台東区在住の父母は2歳の子供を抱いて参加した(写真下段)。東電福島第一原発が爆発事故を起こした直後は子供を連れて三重県に避難した、という。
 父親(30代)は憤る―「自分で状況を判断して自分の子供を守るしかない。政府発表は当てにならないから。マスコミ、特にテレビはウソというか、当たり障りのないことしか言わない」。

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福島原発1号機が爆発した直後、夫婦は子供(肩車)を連れて三重県に避難した。(5日、世田谷。写真:筆者撮影)


 地元世田谷から参加した父母は小3と小1の子供と一緒だ。父が「原発を止める方向で考えてほしい」と語れば、母は「(政府は)情報を隠さないで公開してほしい」と話す。

 いずれの親も子供を守るために懸命だ。次の世代を担う子供たちを保護するのが国家の仕事であるはずなのに、実際に進めていることは逆だ。政府は子を持つ親を不安のどん底に陥れているのである。

 「子供のためにも原発は要らない」そして「子供のためにも菅政権は要らない」と叫びたくなった筆者だった。

 
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2011年05月03日

福島の母 「校庭の土を舐めて下さい」

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厚労省の担当者に福島市内の小学校の土を渡す佐藤幸子さん。(2日、参院会館。写真:筆者撮影)


 これほどまでにいい加減だったのか。子供を学校に通わせる親たちの怒りは収まりがつかない。福島県の校庭利用にあたって、文科省が定めた放射線量の上限である年20ミリシーベルトは出所、根拠ともに不明であることが明らかになった。

 連休谷間の2日、「20ミリシーベルト」の撤回を求める対政府交渉が持たれた(主催:グリーン・アクション/フクロウの会/美浜の会/国際環境NGO FoE Japan)。参院会館講堂には福島県や関東一円から子供の放射能汚染に危機感を抱く父母、環境団体など約200人が参集した。

 政府側はまず厚労省、次に文科省・原子力安全委員会が出席した。福島の父母らは労働基準法と放射線管理区域に絡めて厚労省に質問した。労働基準法62条のAは未成年者が放射線管理区域で就労することを禁じている。

 内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘・東大教授が指摘するように「放射線業務従事者でさえ年間20ミリシーベルトの被曝は極めて珍しい」のである。

 父母「保育園で放射線管理区域と同じレベルで子供たちが遊ぶことについて厚労省はオーケーなのですか?」

 厚労省「年間を通じてこの値(20mSv)を継続するということではない。数値は下がってきている」。

 厚労省自体、年間20ミリシ−ベルトの被曝は健康上良くないということを認めているとも取れる回答だ。

 「ノー(OKではない)と言って下さい」。父母たちはさらに問い詰めた。すると厚労省は「政府として決定したことなのでお答えすることはできない」と開き直るありさまだった。

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郡山市から東京に避難してきた母と子。タスキの女性は福島出身。(2日午後、参院会館。写真:筆者撮影)


 【不自然な強弁繰り返す文科省】

 20ミリシーベルトという数値を決めた、当の文科省も意味不明の答弁を繰り返した。「ずーっという意味ではなくてこれから(線量を)低くするという意味です」。

 「納得できないっ!」会場から黄色い声が飛んだ。若い母親だろう。

 さらに、文科省の強弁は親たちの神経を逆なでした。高木文科相が「除染の必要はない」と記者会見でコメントしたことについて父母らが追及すると、文科省の原子力政策担当者は「私たちの言った基準を守って頂ければいいという意味です」と言い放ったのである。

 原発震災復興・福島会議の佐藤幸子・代表世話人が一喝した。「そんなに安全だというのなら福島の土を舐めて下さいっ」。佐藤さんは5児の母である。

 佐藤さんらは交渉が始まる前、福島市内の小学校の土を厚労省と文部省の担当者に手渡しているのである。線量カウンターは30マイクロシーベルト/時を示し、ガーガーと不気味な音をたてた。1年間に換算すれば簡単に20ミリシーベルトを超える数値である。

 文科省の説明が不自然なのには事情があった。文科省は先月19日、「20ミリシーベルトで差支えない」とする原子力安全委員会の決定を受けた、としている。

 だが交渉の席で原子力安全委員会事務局を追及すると、正式な会議ではなく議事録も残していない、というのである。さらに驚いたことには「原子力安全委員会のなかには20ミリシーベルトを容認した者はいない」(原子力安全委員会事務局・課長補佐)というのだ。

 出所も根拠も不明のまま一人歩きを続ける「20ミリシーベルト/年」。

 かくもデタラメな政府決定から子供たちを守るため父母らは「避難、疎開、保養」の準備を始めた。

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posted by 田中龍作 at 15:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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